魂と想い③

「何が違うっていうんだよ。お前だって、好きだった兄貴にもう一回会えた、ってのが嬉しかったんだろ。その兄貴と結ばれたくて、それが叶って嬉しいだけだろ。お前が好きなのは俺じゃなくて……兄貴だ」

「だから、それが違うって言ってるんです!」


 ティリスにしては珍しく、真っ向からの強い否定。彼女がこれほどまで、俺の言っている事を否定したのは、初めてだったように思う。

 彼女に抱きかかえられているから顔は見えないけれど、うっすらと涙声なような気がする。ぐすっと鼻を鳴らしているところを見ると、彼女も泣いているのかもしれない。


「確かに、一番最初は……その気持ちもありました。それは否定できません」

「ほらみろ。やっぱりお前は俺じゃなくてその義兄が──」

「違います! それだけは絶対に違います!」


 ティリスはぎゅっと俺を抱き締めて、そう叫んだ。彼女の涙が俺の頭に零れていた。


「アレク様と初めて結ばれた時、そうじゃないってわかったんです。とっても、これまでに味わった事がないくらい、幸せだったんです。触られるところ全部気持ち良くて、目が合うとドキドキして、手を繋いでるだけで安心できて、キスされたらそれだけで舞い上がってしまって、一日中幸せでいられるくらい……アレク様の事、好きなんです……!」


 ティリスの心中の吐露を聞いて、また俺も涙が込み上げてきて、縋りつくように彼女の腰に抱き着いた。


「確かに、義兄あにの事は昔好きでしたけど……でも、アレク様に抱いている気持ちと、義兄あにに抱いていた気持ちは別物です。同じじゃないんです」

「別……?」

「はい。だって……アレク様は、たくさん、たくさん幸せをくれました。幸せな事も、楽しい事も、面白い事も、教えてくれました。こんなに幸せな気持ちにしてくれたのは、アレク様だけです」


 彼女は涙ながらに、俺への想いをぶつけてくれた。

 それがただ嬉しくて、ただ彼女に縋るようにして、俺も涙するしかなかった。

 ただ、嬉しかった。俺という存在を認めてくれる人がいる事が、嬉しくて有り難かった。


「それに……アレク様は、義兄あにと全然性格も違います」


 ティリスは抱えていた俺の頭を離して頬を両手で包むと、俺の顔をじっと覗き込む。

 宝石のように綺麗な紫紺の瞳から涙が溢れていて、でも彼女は優しい微笑みを浮かべていた。

 ティリス曰く、元の魂は確かに転生したものである事は間違いないけれど、俺と義兄では性格が全く異なるらしい。性格はもちろんその人固有のものもあるけれど、環境によって培われる部分も大きい。俺の人格は人族としての生を積み重ねてきて形成されたものであって、魔族であった彼女の義兄とは大きく異なるのだという。


「こんな事を言うと、義兄あにに怒られてしまうかもしれませんけど……」


 ティリスはそのまま俺に一度口付けて、また幸せそうに微笑んでから、続けた。


「本当の事を言うと、もう義兄あにの事を殆ど想い出せないんです。ずっとアレク様の事ばかり考えちゃってて、今も言われるまで忘れちゃってました」


 だめな義妹いもうとですね、と付け加えて彼女はもう一度唇を重ねてきた。何度も何度も口付けを繰り返す。俺も彼女の腰を両腕で抱き締めて、その口付けに応えた。いつになく積極的で、それはまるで、俺が抱いていた不安など幻想だ、と教えてくれているようだった。


「今日……もう、帰りたくないです」


 ティリスがゆっくりと俺を押し倒して、息が交わるほど顔を近づけて言った。


「俺もちょうどそう思ってたところ」

「……ダメなパーティーですね」

「ああ、全くだよ」


 お互い笑みを交わすと、ティリスが覆いかぶさってきて、再び口付けてくる。そして、何度も何度も、暗くなるまで俺達は互いの想いを交わし合った。

 そこで交わされた想いは、決して仮初のものでもなく、他人のものでもなくて、俺達が互いの事だけを想った気持ちだった。

 俺はティリスを想い、ティリスは俺を想う。それは決して、かつての義兄妹が互いに抱いていたものではなくて……俺達の想いだった。


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