魂と想い

 あの演説の効果だろうが、バンケットの町を歩いていると、色んな人から声を掛けられるようになった。ゆっくりぶらぶらと町を見物したかったのだが、視線も感じるし、妙に息苦しい。


「どこか、町の外に行かないか」


 俺はティリスにそう提案した。

 ラトレイアはナディアと共に孤児院の手伝いをしているし、ララも子供達と遊んでいて、手持無沙汰なのは俺とティリスだけだった。一緒に時間を潰してくれそうなのはティリスだけというか……少し話したい事もあるので、ちょうど良かった。

 俺がそう提案すると、ティリスは「では、パンを買ってピクニックに行きましょう!」と目を輝かせた。その足でパン屋に行って好みのパンを買い、そして転移魔法で少し離れた人気のない場所へと飛んだ。

 ティリスが選んだ場所は、バンケットの町が遠くに見える丘の上だった。

 本当は町の中を二人で見て歩きたかったのだが、バンケットで俺達は有名になりすぎてしまった事もあって、今ではそれも難しい。

 二人で他愛ない話をしながら、移り行く雲を眺めながら、パンを食べた。

 ララやラトレイアといる時も楽しいが、やっぱりティリスと二人の時が一番落ち着いて、居心地が良かった。

 でも……この居心地の良さは、果たして俺の気持ちなのだろうか。それとも、義兄の気持ちなのだろうか。

 ティリスと二人きりになる事がなかったからあまり気にしなくて済んでいたのだが、こうして2人きりになると、どうしてもそれが気になってしまう。


「まさか、アレク様から誘ってもらえると思ってませんでした」


 ティリスが唐突に話し出した。


「え? どうして」

「何だか……最近、2人になるのを避けているように感じていましたから」


 声のトーンが寂しげなものになり、視線の先を空から自らの抱えた太ももへ移した。


「そんな事は、ないさ」


 そんなつもりはなかった。

 でも、もしかすると……俺自身が、自らの過去、いや、前世と今の自分について考えたくないから、無意識にティリスと2人きりになるのを避けていたのかもしれない。実際、あの夢を見て以降、こうして2人きりになった事はなかった。


「ただ……」

「ただ?」

「夢を、見たんだ」

「夢、ですか」


 ティリスが首を傾げて、こちらを向いて「どんな夢ですか?」と微笑みかけてくる。穏やかで幸せそうな笑み。でも、この名について話すと、彼女はきっとその笑みを崩すだろう。


「──魔王・ゴルダロス」


 その名前を口にすると、ティリスがびくっと体を震わせた。そして、どうしてそれを、と言わんばかりに驚いた顔をしている。これまでティリスやララは魔王の名を出した事はなかった。それに、人族は魔王の存在は知っていても、名前までは知らなかった。


「その反応を見ると……やっぱり、正夢だったのか」


 俺は溜め息を吐いた。

 死にかけたから、ただ変な夢を見ただけかもしれない──俺のそんな願望は、脆くも消え去ってしまった。


「俺は……お前の兄貴、だったんだな」

「アレク様……」


 俺はそのまま、死にかけた時に見た夢について話した。

 ティリスを守る為に戦った義兄の事、死ぬ事を前提に魔王と戦った事。そして、転生した先で……ティリスを救う事まで考えていた事。


「俺がテイマーになって、ティリスをサーヴァントにして、そして名を与えて妖気そのものを書き換える……あいつは、そこまで考えていたんだ」


 ティリスが最後、眠りに落ちる前に、彼はこう言っていた。


『俺がここで途絶えようとも、が、必ずお前を助けよう。きっとお前なら俺を見つけられるはずだ。それまで何としても逃げ切れ。それに……次に会う時は、兄妹じゃない。きっと、お前の気持ちにも応えてくれるさ』


 きっとティリスもそれを信じて、俺を見つけるまで逃げ続けていた。

 だからこそ、一番最初に『やっと会えた』と言ったのだ。


「お前もそれを知っていたから、あの日俺と出会うまで、逃げ延びようと思ってたんじゃないか?」


 そう訊くと、ティリスは俯いたまま「はい……」と呟いた。


「でも、私も半信半疑でした。魂を転生させるなんて、無理だと思っていましたから。でも、魔神将アークデーモンとして私よりも遥かに魔力もあり、知識も豊富な義兄あにならば、それも可能かもしれない、とも思っていました」


 そう話してから、ティリスは「いいえ、違いますね」と首を横に振った。


「私は……もうそれに縋って、生きるしかなかったんです」


 ティリスは泣きそうな顔で笑みを浮かべて、「すみません」と謝りながら涙を浮かべて、顔を伏せた。

 それから、上位魔神グレーターデーモンは義兄の転移魔法で見知らぬ土地に送られてからの事を話してくれた。

 目覚めた場所は、魔王軍の本拠地からは遠く離れた場所だったそうだ。妖気を極限まで抑えて、なるべく力を使わないように忍んで生きていたらしい。だが、それでも探知に引っかかって追っ手がきて、逃げて、をずっと繰り返していたようだ。


「もう疲れ果てて諦めかけていた時に……微かに私の大好きだった匂いがしたんです」

「それが……」


 ティリスは「はい」と頷き、微笑んだ。


「その匂いを辿った先に……アレク様がいました」


────────────


【作者コメント】

このあたりのお話は、ティリス過去編を読んでいると一層面白いと思います。

未購入の方は、ぜひ書籍版を購入してみて下さいね。

https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/16816452219421331772

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る