弱き者

「アレク様!? アレク様!」


 ティリスが俺に慌てて駆け寄ってきて、浅瀬に倒れ込んだ俺を抱き起す。

 透明な水が俺の血で赤く淀んでいっている。その向こう側で巨大大食植物アドニスが燃え朽ちていくのが見えて、痛みを感じると同時に安堵した。


「倒せた、か……良かった」

「これのどこが良いんですか! 私だったら、多少の怪我なんて、何ともないのに! どうしてこんな事するんですかぁっ!」


 ティリスはぼろぼろ泣きながら、必死に<治癒魔法ヒール>を俺に掛け続けている。


「え、ちょ……なんでアレクがこんな大怪我してんだよ!」

「私の身代わりに……あいつの攻撃を、アレク様がッ」

「はあ!? なんだってそんな事するんだよ!」

「わかりません! それより、早くラトレイアを呼んできて下さい! 傷が深すぎて、私の<治癒魔法ヒール>じゃ……!」


 相変わらず涙を流しながら、必死に治癒をしてくれているティリスに対して、ララは頷き、慌てて下流の方へと走っていった。

 <治癒魔法ヒール>の御蔭か、少しだけ楽になってきた気はする、が……血が流れ過ぎて、痛みが麻痺しているだけかもしれない。意識も遠のいてきている。


「……お前に、怪我、してほしくなかったからさ。かといって、呼び止めてたら、あいつ倒せなかった可能性あるし……そう思ったら、体が勝手に動いてた」

「動いてた、じゃないですよ! それで、アレク様がこんな怪我してたら……意味、ないじゃないですかぁっ」

「だよな……? いや、俺弱くて本当に……ごめん。でも、お前の事守りたくて……」


 ティリスが何度も<治癒魔法ヒール>を掛け続けているが、一向に体力が回復していく気配がない。体にどんどん力が入らなくなってしまう。心なしか体温も下がってきている気がして、さっきまでなんとも思わなかった川の水が、雪解け水のように冷たく感じた。


「嫌です、嫌ですアレク様! 死なないで下さい! 私の前から、何度もいなくならないで下さい! 私、もうアレク様がいないと生きていけないんです! だから、だからぁっ!」


 ティリスは俺の頭を抱きかかえて、子供のようにわんわん泣いている。

 ああ、もう。ティリスに泣いてほしくないからこうして体を張ってるのに、結局泣かれたら俺の面目丸つぶれだ。これも全て俺が弱い事が原因なのだけれど……でも、俺にどうしろって言うんだ。きっと、いくらティリスでも無意識のところから攻撃されれば、怪我をする。それを見過ごせと言うのが無理なのだ。


(それにしても……)


 何だかこうしてティリスが子供みたいにわんわん泣いているのを見るのは初めてではない気がした。俺の記憶ではない記憶が、それを感じさせる。


、どうしてたんだっけな……)


 俺は意識が混濁する中、重くて堪らない手を何とか持ち上げた。泣いているティリスの頭に、手を乗せて……撫でてやる。何となく、こうしてやっていた気がしたのだ。頼むから泣かないでくれ。お前にもう泣いてほしくないんだ。この前も泣かせたばっかりだと言うのに、どうしてこうも俺はだめな男なのだろう。

 それに──ああ、ちくしょう。視界が白くなって、ティリスの顔がどんどん薄れ始めた。

 俺は死ぬんだろうか。

 人生で初めて、自分が死ぬんだという感覚に陥った。俺が殺した奴も、俺の命令でティリスやララに殺された連中も、全員こういった感覚に陥ったのだろうか。だとしたら、本当に悪い事をしたな、と思う。

 大切な人を置いて先に行くのは、嫌だ。もっとこいつの顔を見ていたいのに、もっとこいつに触れていたいのに……こいつ、俺がいなくなったらどうなるんだろうか。


 ──もっと、こいつを守りたいのに。


 そんな事を思いながら、手の力を保てなくて、そのままパシャンと水の中に手が落ちた。


「アレク様!? 嫌です、アレク様! 私を独りにしないで下さい! お願いします、目を開けて下さい、アレク様ぁっ」

「お、おいおい嘘だろアレク!?」

「ティリス、ララ、落ち着いて! 私が何とかするから──」


 遠のく意識の中、泣いて縋るティリスの声と、戻ってきたであろうララとラトレイアの声が聞こえてきた。

 こいつらにも御礼を言いたいのに、と思った矢先、そこで俺の意識は完全に途絶えた──。

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