魔神将と魔王の夢

 夢を見ていた。遠く、うっすらとかすかに見えるだけの夢だ。

 その夢では、ティリスが泣いていた。でも、今よりほんの少しだけ幼く見えるティリスだった。


「嫌です、お義兄にい様! 離れ離れになるなんて……絶対に嫌です!」


 彼女は叫びながら俺に泣きついていた。

 でも、俺は自分の意思で体を動かすどころか、喋れすらしなかった。俺のようであって、俺ではないようだ。体も少しばかり大きいように思う。

 そういえば、ティリスには義兄がいたと言っていた。そいつの記憶なのだろうか。しかし、どうして俺にその義兄の記憶が? ティリスを通じて流れ込んでいるのだろうか。それとも、もしかして俺は死んだのか?


「言う事を訊いてくれ、────。あいつにだけはお前を渡したくないんだ」


 俺……いや、体の持ち主の口から、勝手にそんな言葉が出てくる。自分の声のはずなのに、ティリスの名前の部分だけはよく聞き取れなかった。


「でも……でも!」

「安心しろ。もしここで俺が死んでも、絶対にまたお前の元に舞い戻る。だから……」

「なんで死ぬとか言うんですか! そんなの絶対に嫌です、お義兄にい様!」


 ティリスがさっきみたいにダダを捏ねる。全く、しょうのない奴だ、と思いながら彼女の頭を撫でようとすると……自然と体の主も彼女の髪を撫でていた。どうやら、俺と体の主がやろうとした事は同じらしい。


「出来の悪い兄で悪かったな……せめて、最後に兄らしい事をさせてくれ」


 体の主はそう言い、ティリスの頭を撫でながら、睡魔の術を掛けた。


「な……ッ、お義兄にい様……どうし、て……!」


 ティリスが何とか眠気に抗おうとするが、きっとこの体の主はティリスよりも遥かに魔力が高いのだろう。うとうとと眠りに落ちそうになっている。


「俺がここで途絶えようとも、が、必ずお前を助けよう。きっとお前なら俺を見つけられるはずだ。それまで何としても逃げ切れ。それに……次に会う時は、兄妹じゃない。きっと、お前の気持ちにも応えてくれるさ」


 俺の気持ちにもな、と体の主は寂し気にそう呟くと同時に、ティリスは目尻に涙を溜めながら、意識を失った。

 ぐったりと体から力を失ったティリスの体を抱きかかえて、何度か頭を撫でていた。そして何やら理解できない言葉を唱えると、ティリスの周囲に魔法陣が浮かび上がり、彼女の体ごと消してしまった。おそらく転移魔法でどこかに転送させたのだろう。

 そして、ゆっくりと体の主が後ろへと振り向いた。そこには、少年のように背の低い魔族がいた。耳が尖り、そして大きな角を持っている。


「これはこれはお義兄にい様、妹君はどちらに?」


 にやり、とその小さな魔族が語った。

 丁寧な言葉を使っているが、殺気を隠そうとしない。きっと、俺が生身でこの魔族と対峙していたら、腰を抜かしてしまうだろう──そう思うほど、その小さな魔族の殺気と妖気は凄まじく、禍々しかった。


「魔王・ゴルダロスよ。我が妹は閣下との縁談がどうにも嫌だそうでね……今しがた、遠い地に送り届けたところだ」


 体の主がにやりと笑ってそう返すと、妖気を解き放ち、紫色の炎を右手に灯した。

 あくまでも俺の体感でしかないが、体の主の妖気はネームド・サーヴァントと化したティリスよりも上のように思えた。だが、魔王と呼ばれた小さな魔族はその妖気を見ても全く怯む様子がない。


「ほっほっほ、魔炎気まえんきですか。まさか、魔神将アークデーモン風情がこのゴルダロス様とやり合って勝てると思っていないだろうね?」

「きっと勝てないだろうさ。だが、俺は大切な妹が嫌がってるのを見過ごしておけないんでね。魔王軍である前に、一人の妹を持つ兄として、戦うしかないんだ」

「言ってくれますねぇ……まあ、いいでしょう。どうせ妖気は変えられません。あなたを殺してから、妹君を連れ戻して差し上げますよ」

「残念だが、それはできないだろうな」


 体の主は不敵な笑みを浮かべ、それに対して魔王と呼ばれた魔族は口角を下げて、ぎろっと睨んでくる。


「それはどういう意味だい? まさか、あなた風情がこの僕を殺すから、とでも言う気ですか?」

「そうしてやりたいのは山々だが、それも難しいだろうな。だが、お前はあいつを見つけられない」

「意味がわかりませんね? 魔族は妖気を変えられない。あれがある限り、僕から逃れる事もできないんだよ」

「それでも──きっとが、あいつを助ける。それだけだ」


 体の主がそう言うと、魔王と呼ばれた魔族は額の血管をぴくぴくと震わせた。笑顔を作っているが、怒りは頂点に達しているようだ。


「何を意味のわからない事を……お前は、今ここで殺されるんだよ?」

「ああ。むしろ、殺してくれないと困る。だが──簡単に殺されてやる気も、無論ない」


 魔王と呼ばれた魔族は鼻を啜って、にやりと笑った。しかし、額には血管が浮かんだままだ。


「人族贔屓の魔族は寒い冗談が好きだね。知ってるかもしれないけど、僕は笑えない冗談は嫌いなんだ。お前は簡単に殺されるんだよ。今ここで、ね」

「簡単かどうかは試してみるがいいさ」


 魔神将アークデーモンと魔王が無言のまま睨み合っていた。おそらく、体の主はこの後死ぬ。それは直感的にわかっていた。


「くたばれこのクソガキがあああああああ!」


 体の主が、魔炎気を魔王に向けて放つ。その攻撃を合図に、二人の戦いが始まった。

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