醜悪な植物

 上流に近づくにつれ、毒気が人族の俺にもわかる程度に濃くなっていたので、嫌な予感はしていた。ただ、実際に川の上流で毒の原因を見た俺達は、言葉を失っていた。

 そこにいたのは、魔物だった。それも、ただの魔物ではない。大きく、そして物凄く気持ちの悪い魔物だったのだ。まるで小さめの醜悪な動く砦が川の上流に鎮座しているようだった。

 大樹ほどある大きな植物系の魔物で、身体は触手に覆われた醜悪な姿をしている。その触手の先には眼がついていて、体は見るからにベトベトしているのがわかるほど、粘液に覆われている。そして極めつけは、その中心にある大きな口である。人族どころかワイバーン程度なら竜ですら裕に丸飲みできそうだ。


「おいおい、マジかよ」


 俺はそう呟いて、自らの記憶を辿った。この魔物は、職業ギルドにある書物で見た事がある。

 この醜悪な植物は、<大食植物アドニス>。魔王のペットとも言われている伝説上の植物で、吟遊詩人の詩によく出てくる。伝記の類だと思われていたが……まさか本当に実在していたとは思わなかった。


「うげええ……あれと戦うのかよぉ」

「<大食植物アドニス>の変異種……でしょうか? ちょっと厄介ですね」


 人知を超えた力を持つうちの女性陣ですら、<大食植物アドニス>を見て嫌そうな顔をしている。それほどの強敵なのだろう。


「待て待て、何で<大食植物アドニス>がこんなところにいるんだよ。しかも、こんなに大きいなんてどこにも書いてなかったぞ」

「理由はわかりませんが……これだけ大きな森です。<大食植物アドニス>がいても不思議ではありません」


 ティリスによると、<大食植物アドニス>と言えどもここまで巨大化する例はほとんどないらしい。大きくてもせいぜい人族と同じくらいのサイズだそうで、小動物を食べる程度で満足するようだ。

 ただ、稀にこういった変異種も現れる。ララが鬼族の変異種であるように、この<大食植物アドニス>も偶然大きく育ってしまったのだろう。


「成長し過ぎたせいで周囲のものを食べ尽くしてしまって、より食べ物の多い場所を求めて人里近くまで来たんでしょうね」


 より多くの食べ物……あの村の人々の事か。<大食植物アドニス>は毒で弱らせて食べるという習性があるので、もしかすると意図的に水源に身を置いているのかもしれない。


「あ、そういえばアレク様」

「ん?」

「あれもテイムしますか? きっと心強い味方になってくれますよ?」


 ティリスが少し悪戯な顔をして訊いてきた。

 テイム? アレとヤれってのか?


「万が一テイムできてしまったら、俺は完全に魔王まっしぐらだし、その前に男としての大切な心を失ってしまいそうだ」

「それならよかったです」


 テイムしたいと言い出したらどうしようかと思いました、とティリスはくすくす笑った。

 この野郎、可愛い顔してなんて冗談を言いやがる。


「さて、冗談はそこまでだぜ、上位魔神グレーターデーモン。あたしらに気付いたみたいだ」


 ララの言葉にはっとして正面を見ると、<大食植物アドニス>が脚となっている太めの触手をうねうねと動かしてこちらに向かってきていた。


「ララは近接で注意を引いて下さい。私が援護します」

「あーあーいいよなぁ魔法を使える奴は。あんな気持ち悪いのに突っ込むあたしの身になれってんだ」


 ララがこの前買ってやった戦斧を構えながら、ぼやいた。


「アレク様はここを動かないで下さいね」


 ティリスがにこりと微笑んでから、翼を羽ばたかせた。

 それと同時にララが気合の声を上げて、<大食植物アドニス>に突っ込む。

 こうして、醜悪な植物との戦いが始まった。

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