疫病と妖気
翌日になるとララも二日酔いから回復し、村を出発した。目的地は、流行り病が噂される隣の村。隣村の問題を解決しないと、そこにいる医師が巡回できない。それは周囲の村にとっても、早急に解決すべき問題だろう。しかも、こんな森の奥にある村だ。そう何人も医師がいるわけではないので、月に一回行商と共に健診に来る程度だそうだ。その際に病気のある者は薬もまとめてもらうらしい。医師の存在は大きい。
その医師の巡回が途絶えてもう3か月経った。今回はラトレイアがたまたま居てくれたから良かったものの、ずっとこのままというわけにもいかない。
なるべく急いで向かったものの、今回の移動は悪天候も相まって、いつもより時間がかかってしまった。
もともと、森の細い道を歩くのは馬の体力消費も早く、しかも速度もあまり出せない。街道などを歩くより随分と時間がかかってしまうのだ。しかも、今回は途中で強い雨も降ってしまって余計に時間がかかった。通常なら3日程度で着きそうな距離を、5日もかかってしまったのだ。
かくして次の村に着いたのだが──その村の異常な雰囲気に、俺達は言葉を失った。
漂う異臭、糞尿と吐瀉物、そして道端で倒れる人々。
「おいおいおい……これは、本当にまずいんじゃないか!?」
この様子では何人か死者が出ていてもおかしくない。これはもう流行り病どころか、疫病の類だろう。
早速馬を止めて、村人に駆け寄ろうと馬車から飛び降りる。
「待って、アレク! ティリスとララちゃんも」
馬車から降りて村人に駆け寄ろうとする俺達をラトレイアは引き止めた。
「女神テルヌーラよ……汝の加護を我らに」
何か小さく詠唱したかと思うと、俺達の周囲を柔らかい光が覆った。
「これは?」
「疫病対策の保護魔法ってところかしら。どんな病気かもわからないし、感染経路もわからないんだから、保護魔法なしに無暗に触れるのは危険よ」
ティリスとララちゃんは念の為ね、とラトレイアは付け足した。
そうだった。ティリスやララはともかく、俺は普通の人族と同じだ。これだけ感染力が強そうな病気なら、俺とて同じ状態になる可能性は高い。
シールの時もそうだったが、本当にラトレイアが仲間になってくれていて助かったと思った瞬間である。
「とりあえず私は、倒れてる人達の治療をするから、アレク達は事情がわかる人……そうね、そのお医者さんを探してくれるとありがたいわ」
「了解。じゃあ、俺達で村の方を見てくるよ」
そう言って駆け出そうとすると、ララが立ち止まった。
「どうした?」
「いや、あたしはラトレイアの方を手伝うよ。そこらへんに転がっている奴らも運んだ方がいいだろ」
「確かにそうね。その方が助かるわ。じゃあ、捜索と情報収集は二人に任せようかしら」
ララの提案に、ラトレイアが嬉しそうに頷く。「頼んだよ」とララの頭を撫でてやると、彼女は「やめろやい」と照れ臭そうに俺の手を払いのけ、ラトレイアについて行った。
そんな彼女を見て、俺とティリスは笑みを交わした。
こういう時に、ララの成長を実感できるのだ。これまで人族の村を移動してきて、共に生活をしてきた事もあるのだろう。どうすればよく回るのか、という判断ができるようになっているのだ。
早速ラトレイアは倒れている村の人の症状を見て、治療を始めたようだった。ララの方は、ラトレイアの指示に従って倒れている村人を運んでいる。
「……アレク様。少し気を付けた方が良いかもしれません」
ティリスがあたりを見回しつつ、神妙な顔つきで言った。
「というと?」
「もしかしたら、この流行り病と関係があるのかもしれませんが……村全体をうっすらと妖気が覆っています」
おそらくララもそれを感じたのでしょう、とティリスは付け足した。
「……魔物か?」
「まだわかりません。今のところ、周囲に気配は感じませんけど、警戒するに越した事はないでしょう」
「なるほど」
ララがラトレイアについて行ったのは、万が一ラトレイアが襲われた時に守る為なのだろうとティリスは言う。
全く……うちのサーヴァントはどうにも優秀過ぎて、困ったものである。
「まずは話せる奴を探した方が良さそうだな」
俺の言葉に、ティリスは頷く。
急な流行り病と村を覆う妖気は、おそらく無関係ではないだろう。俺達は一層気を引き締め、村の探索を開始した。
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