目標は立てるものではない。

 宴の翌日は、俺とティリスとラトレイアの3人で、薬を作る為の材料探しを行った。幸い、〝名もなき森〟は人があまり踏み入れていない事もあって、必要な薬草はすぐに見つかった。

 次の村に俺達が着いてから、その村での問題が解決するまでおそらく医者はここには来れない。それまでの間を乗り切れる程度の薬を簡単に作っておきたいそうだ。

 村に戻ってくるなり、ラトレイアは村長の家で薬研を借りて、薬の調合を始めていた。


「薬の調合もできるのか?」

「まあ、簡単なものならね」


 ラトレイアは薬研でごりごり薬草を磨り潰しながら答えた。額にはうっすらと汗をかいているが、こんなに活き活きとしている聖女を、勇者パーティーにいた頃は見た事もなかった。

 全く、本当に身も心も聖女になってしまったものだ。こんなラトレイアなら、あの当時からでも仲良くなれたのだけれど。


「あ、ララちゃんまだ唸ってる? 胃薬も作ってあげなきゃね」

「治癒魔法で治してやらないのかよ」

「そんな事したら、私が飲み比べでズルしてたのバレるじゃない」


 ラトレイアは、ララとの火酒スピリッツ飲み比べ勝負の際に、乗りモノや酒などの酔いを避ける魔法だけでなく、密かに異常治癒魔法キュアを掛けて酔いを防いでいたそうだ。全く、卑怯も良いところである。

 結果、いつまで経っても酔わないラトレイアと飲み続けたララは、今回も潰れて二日酔いになって今もうんうん唸っているのだった。


「あ、もしララちゃんにチクったら、次の日アレクはお腹を壊す事になるから」


 覚悟してね、と聖女は悪戯げに付け加えた。

 前言撤回。やっぱりこいつは性悪聖女だ。一瞬でもまともな聖女だと思った俺が愚かだった。


「そういえば、あなた達昨日どこで寝てたの? てっきり部屋でお楽しみかと思ったのに、どこにもいないから驚いたわよ」

「ああ、馬車で寝てたよ」

「馬車? せっかく部屋貸してもらってたのに?」


 それだといつもと変わらないじゃない、とラトレイアが手を止めて呆れていた。それに関しては俺も同意見だった。


「まあ、それがティリスの要望だったからさ。お詫びにしてほしい事何でも言えって言ったら、馬車で毛布にくるまって、二人で寝たいって」

「はあ……ほんと健気ね、ティリスって。大事にしなさいよ」

「わかってるよ……」


 ふと、そのティリスはどこにいるのだろうと思って窓の外を見ると、彼女は村の真ん中あたりでヘレンや村の子供達の遊び相手をしていた。翼でパタパタと子供達を撫でたりぺしぺし叩いたりと、楽しそうだ。

 そして、その子供達と遊んでいる時のティリスの笑顔があまりに優しくて、可愛くて……ぽかんと彼女に見惚れてしまっていた。その翼と角と全く不釣り合いで、思わずあっちが聖女だと言いたくなってきた。


「あんたもあんたで、こんなとこで見惚れてるくらいなら、さっさと行ってやんなさいよっ」


 ラトレイアに背中をどんと押された。本当に乱暴な女だ。


「惚気オーラ出されても仕事の邪魔なのよ。しっしっ」


 猫でも追い払うような仕草をして、俺を村長の家から追い出す。

 溜め息を吐いてから、仕方なしにティリスと子供達の方に歩を進めると、俺に気付いた彼女がこちらに手を振った。こちらに向けられていたのは、魔族だとは思えないほど優しい笑みだった。


『俺、強くなりたいんだ』


 昨夜、馬車の中で眠る前、俺は彼女に自分の気持ちを話した。

 本当は一緒に戦いたい事、皆を守ってやりたいと思っている事、自分の雑魚っぷりに劣等感を持っている事、自分の事を情けないと思っている事……今まで誰にも言ってなかった本音を彼女には伝えておいた。結局は昨日の問題も、それに全てが起因していたからだ。


『でも、アレク様が強くなってしまったら……私の存在価値がなくなってしまいます』


 ティリスは困ったように笑ってそう言った。

 それに対して俺は『違う』とはっきり伝えた。

 俺が強くなったら、ティリスを守れる。もちろんララやラトレイアも、大切な仲間だから守りたい。そう彼女に伝えると、彼女は嬉しそうに微笑み、俺の肩に頭を乗せた。


『では……その時まで、私がお守りします。それからは、アレク様が守って下さいね?』


 それに対して、もちろんだ、と頷いた。山賊風情に殺されそうになっておいて、何が上位魔神グレーターデーモン鬼族の姫クイーン。オーガを守る、だ。ちゃんちゃら可笑しい。

 でも、そういった目標を持つ事は第一歩だ。いや、目標ではない。これは、俺の〝欲望〟だ。

 そもそも、目標なんてものは存在しない。皆目標を立てたがるけども、目標とは立てるものではない。勝手に立つものなのだ。言い換えるなら、やりたいか、やりたくないかだけなのである。やりたければ、それは勝手に〝目標〟になっているのだから。

 ──ティリスを守りたい。果てしなく遠い目標だけれど、俺は昨日、夜明けの使者オルトロス以外にもようやく目標ができた。

 目標ができたなら、後は小さく積み重ねていく。それだけだ。


「アレク様!」


 ティリスは嬉しそうに微笑み、俺の名を呼んだ。


「どうした?」

「今、ヘレン達から新しい遊びを教わりました。一緒にやってみませんか?」

「へえ。俺にも教えてくれよ」


 ティリスははにかみながら、今教えてもらった遊びを丁寧に教えてくれる。

 その時の彼女の笑顔。この笑顔を守る為に、強くなろう。俺はそう誓うのだった。

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