〝夜明けの使者〟の誕生

 聖堂騎士団に襲われるなど問題も生じたが、ようやく小さな農村に辿り着いた。その農村はザクソン村と呼ばれており、外の世界との接点がほぼないような村だった。家畜と村民だけで成り立っているような、小さな村だ。


「のどかな村ですね」


 ティリスがどこか嬉しそうに呟く。

 彼女は人の多い町よりこうした人口の少ない村の方が落ち着くのかもしれない。それは長すぎる逃亡生活から来るものなのか、単純に人の目が多いのが嫌なのかはわからない。だが、この美しい銀髪の少女は、こうした小さな村に来た時の方が表情が柔らかいような気がするのだ。

 ザクソン村の村民は、外から来た俺達を最初は警戒していたけども、金貨を何枚か渡して飯を食わしてくれと頼むと、一気に待遇が良くなった。こうして金貨数枚で変わると思うと、村人達も現金だなぁと思うのであった。ただ、単純にこうした小さな村で金貨を支払う者など滅多にいないので、どこかのお偉いさんと勘違いしたのかもしれない。

 食事の他には、干し肉やショートブレッドなど日持ちしそうな保存食も頂いておいた。これで1週間くらいは食べ物には困らないだろう。

 たらふく飯を食わせてもらい、村唯一の宿屋にでも行こうかと思った時である。村長が俺達を訪ねてきた。

 彼は俺達に「冒険者ギルドから来たのか?」と尋ねた。ただの放浪者だと伝えると、彼は肩を落とした。


「どうしたんですか?」


 ティリスが訊くと、村長は溜め息を吐いた。


「実は……最近村の近くでゴブリンの巣ができたようで」


 作物が荒らされて困っている、と彼は付け足した。しかも、先日は遂に村娘が襲われて、危うく連れ去られそうになったのだという。

 ゴブリンとは、小鬼と呼ばれる魔物で、知能や力は弱い。基本的に単体と出くわしても、大人の男であれば十分倒せる。しかし、奴らは群れると恐ろしいほどの残酷性と強さを持つようになる。集団で襲われれば、素人や初心者冒険者ではひとたまりもない。男は殺し、女は襲って子を孕ませる。まるで山賊みたいな連中だ。

 先日村人をバンケットまで走らせ、冒険者ギルドまで行ってゴブリン討伐依頼を出したそうなのだが、未だに冒険者が派遣されてこないらしい。

 提示額を訊いてみると、さすがにその額では辺境の村まで来てはくれないだろうな、という低報酬だった。ゴブリンの討伐は初心者冒険者向きの依頼ではあるのだけれど、ゴブリンの巣穴駆除となると、話は別だ。大体は報酬とリスク・労力が割に合わず、皆受けたがらない。

 依頼する側からすれば同じゴブリンだろうと思うだろうが、外で遭遇するゴブリンと巣穴にいるゴブリンは、もはや別物だ。俺もシエルと冒険者をしていた頃、他のパーティーとゴブリンの巣穴駆除依頼を熟した事があるが、その時は味方に経験豊富な冒険者がいたから無事だったようなものだった。おそらく、初心者冒険者だけで出向いていれば、全員殺されていただろう。

 それだけ、ゴブリンの巣穴駆除はリスクが高い。しかし、たかがゴブリンなので、評価や報酬も高くない。他に依頼がなくて、金に困った冒険者達が嫌々手を出す依頼とも言える。それこそ、他の依頼より高い金額でないと引き受けてもらえない依頼なのだ。


「あなたがたがくれた金貨を持たせて、もう一度町まで若者を走らせるしかあるまいな……」


 村長はそう言い、溜め息を吐いて背中を向けた。

 その時、俺ははっと思いついた。

 俺達のやるべき事は、じゃないか? こういった力無き弱者を、助けていくのが俺達のやるべき事なのではないだろうか。

 冒険者でもなく、勇者でもなく、どこにも属さない俺達だからできる事。


「いや、その必要はないよ。村長」

「どういう事です?」

「その小鬼どもは、俺達が倒してやるよ。無償で」


 俺は村長に対して、そう伝えた。

 その言葉を聞いた時、ティリスは意外そうな顔をしてから口元に笑みを浮かべ、ララは物凄く面倒そうな顔をしていた。


「いや、ですが旅の御方、せめて先ほどの金貨をお返ししますので、それで」

「報酬はいらない。その代わり」

「その代わり?」

「その金で武器や防具を買って、ゴブリン程度からは自分の村を守れるようになれ。それと──」


 もし俺達が飢え死にそうな状態でここを訪れたら飯を食わせてくれ、と冗談交じりに付け加えた。

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