〝夜明けの使者〟の誕生②

「なんでゴブリン狩りなんてめんどくせえ事やるんだよ……」


 村長に教えてもらったゴブリンの巣穴を目指して真夜中の森を歩いている最中、ララはずっとこれである。


「ララ、アレク様の命令は絶対ですよ?」

「そうだけどさぁ」


 ティリスの説得について頭では理解していても、という感じでララが怠そうに天を仰ぐ。


「悪いな。この前さ、言っただろ?」

「魔王軍と対峙する側って話か? 魔王軍がゴブリンなんかに頼るわけねえだろうが」

「それはわかってるけどさ。悪いけど付き合ってくれよ」


 ララを宥めるようにして頭を撫でてやる。むすっとはしているが、どこか嬉しそうだ。

 俺達は既にレスラントの町を半壊させて、オーガ軍もろとも王国騎士団まで壊滅させてしまっている。聖堂騎士団だって、殲滅した。そして、これから人族の希望ともあろうマルス勇者の戦力を大幅に減らそうとしているのだ。しかも、己の私怨の為に。

 それの罪滅ぼしがこんな人助けでできるとも思っていない。それでも、何か小さな事でもしたいと思うのは、おかしいだろうか。

 それに、冒険者ギルドに依頼し直しても、おそらく冒険者がくるまでは時間がかかる。また、それ相応の金額でも、ゴブリンの巣穴駆除は忌避される。それだけ面倒な依頼なのだ。

 というのも、巣穴にいるゴブリンはどこに潜んでいるかもわからず、どんな罠を仕掛けているかもわからない。しかも、洞窟内は視界も悪く、奇襲を受けやすいと来ている。中にゴブリンウォーロックなどの魔術師がいれば最悪だ。

 その為、ゴブリン巣穴駆除依頼を引き受ける冒険者は少なく、郊外の村民はゴブリンの恐怖と隣り合わせで暮らさなければならない。それを見て見ぬふりをするのは、何とも心苦しかった。


「ところで、ララ」

「あん?」

「ゴブリンって小鬼っていうけど、鬼族オーガの眷属なのか?」

「なっ……ぶん殴るぞ、てめぇ! 鬼ってついてるからってあんな低俗な生き物と一緒にすんな。全く別物だよ」


 ララが怒りながら説明してくれた。どうやら小鬼とは人族が勝手につけた名称だそうで、鬼族オーガとは何も関係がないらしい。


「2人とも、静かにして下さい。そろそろ着きますよ」


 上位魔神グレーターデーモンが声を潜めて人差し指を口元に当てた。

 屈んで叢に身を隠しながら移動すると、洞窟があった。入口には二体のゴブリンがいる。


「ティリス、ララ。手筈通りに頼む」


 二人はこくりと頷く。

 もし俺がただの冒険者で、これからこの巣穴に攻め込むとしたら、さぞ怖いだろうなと思う。今の軽装備で乗り込んだら、間違いなく殺されてしまう。

 しかし、今の俺は違う。俺の仲間は……上位魔神ティリス鬼族の姫ララだ。彼女達がいれば、恐いものなど何もない。

 桃色髪の鬼娘は、小型の果物ナイフを胸ポケットから2本取り出すと、左右の手で投げた。手首をくいっとして軽く投げただけにしか見えなかったのだが、ビュッと凄い風切り音をさせて、そのナイフは吸い込まれるようにして見張りのゴブリンの頭を貫通させていた。剛腕過ぎる彼女からしてみれば、ただの果物ナイフでも凶器となるらしい。

 見張りがいなくなるや否や、ティリスは立ち上がって手のひらを洞窟の入り口に向けて──<火球ファイヤーボール>を放った。それも何発も何発も。洞窟の中からはゴブリンどもの気味の悪い悲鳴が聞こえてくる。しかし、ティリスは洞窟ごと焼き尽くさん勢いで、<火球ファイヤーボール>を放ち続けた。

 そして、煙や熱で苦しみながらも新鮮な空気を求めてゴブリン達が巣穴の小さな穴──入口ではない出入り口──から何匹か飛び出てきた。出入り口が他にもあったのだ。


「ララ!」

「あいよ」


 ララは戦斧を構え、息も絶え絶えで飛び出てきたゴブリン達を一振りで屠った。刺すだの斬るだのという表現は正しくない。一振りでバラバラになってしまうのだ。何匹も同時に飛び出てきたが、ララの素早い動きとその怪力の一撃で見る影もなくなっていく。

 ティリスはどこから飛び出てきているか瞬時で穴の位置を確認し、その穴に向けて<火球ファイヤーボール>を放つ。辛うじて抜けてきた連中が奇声を上げてティリスに襲い掛かるが、<支配領域インペリウム>の中に入った瞬間に首と胴体がお別れを継げていた。

 それを繰り返す事数分、中から出てくるゴブリンはいなくなり、<火球ファイヤーボール>を打ち止めてもそれは変わらなかった。まだ洞窟は燃え続けており、中は煙と炎が充満しているだろう。おそらく息もできないはずだ。

 もちろん、今回は浚われた人がいないからこそできた戦い方だ。もし誰かが捕まっているなら、洞窟に乗り込まなければならなかった。その手間がなかっただけ、今回は楽な駆除だったと言えるだろう。いや、楽だというけども、ティリスとララの2人だからこそできた芸当だ。普通の冒険者では真似できない。


「……いっちょ上りってとこか?」


 ララが戦斧を担いで、俺達のところまで戻ってきた。彼女はさっきまでそこらを走り回り飛び回り、巣穴から飛び出てきたゴブリンを逃がさないように狩っていたのだ。


「……でしょうね」


 ゴブリン風情がこれに耐えられるとは思えません、と銀髪の美しい魔神も小さく溜め息を吐いた。

 本当に、圧倒的だった。冒険者がこれまでやっていたゴブリン巣穴潰しとは何だったのか、と思えるほどの圧巻さだ。無尽蔵の魔力を持つティリスと、圧倒的膂力と敏捷性を持つララだからこその対ゴブリン戦。いや、もはやこれはただの害虫駆除だ。

 ゴブリンの巣穴を燃やす炎は、夜の空を赤に染めていた。おそらく村の方からでも見えるだろう。


「よし、2人ともありがとう! 帰ろうか。村長の家に風呂があるらしいから、入らせてもらおう」

「はい!」


 ティリスが元気よく笑顔で頷き、ララは呆れたように肩を竦めた。

 こうして、テイマーと魔神と鬼族による初めての人助けは終わった。村人達が俺達を勇者と呼ぼうとするので、それだけはやめさせた。

 その代わりに、こう呼んでくれと頼んだ。

 〝夜明けの使者オルトロス〟と。


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【読者の皆様へ】


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