名もなき森の、名もなき村
ザクソン村のゴブリン退治を終えてから、俺達はノイハイム地方の〝名もなき森〟へと入っていた。
ノイハイム地方は領主の住む町『ノイハイム』以外はほとんど森に覆われていて、ルンベルク王国領北部の中では未開拓の地とされている。森林部は領土が広い反面、人口が100人にも満たない小さな村が点在しているのだ。
それらの村を回って、できる事を探す──それが、当面の俺達の目的だった。いや、目的と言って良いのかはわからない。ただ、困っている人がいれば、助ける。それだけだ。
森に入って細い道を道なりに数日歩いた頃、森が開けて小さな村が目に入ってきた。しかし──
「何か様子が変ですよ?」
「なんかこの畑、荒れ果ててねえか?」
ララは遠目に村人が集まっている方角を見て、そう漏らした。
どんよりとした村の空気と荒れ果てた畑、そしてその畑を茫然として眺める村民達。
何か問題があったらしい。
「おや、もしや旅の方ですか?」
俺達の存在に気付いた村人が、数人集まってきて、声を掛けてきた。
「はい」
「そうでしたか。せっかくこんな山奥の村まで来て頂けたのでしたら持て成して差し上げたいのですが、ご覧の通り今は畑がこの状態でして……」
彼らはもう一度畑を見て、肩を落とした。
「何かあったんですか?」
ティリスが訊くと、その美貌に村の男達の視線を一気に集めていた。いや、男だけではない。女の視線も集めている。
人の出入りもほとんどないような山奥の村で、人知を超えた美しさを持つ女がふらりと現れたら、驚くのも無理はない。
そこで若い連中が村長を呼んできてくれて、事情を教えてくれた。どうやら、畑が何者かに荒らされ、収穫をごっそりと持っていかれたのだという。見たところ、野生動物か獣の類だろう、という事だった。
「収穫の半分はもう終わっているので今期の納税は問題ないのですが、これほど畑が痛んでしまっては来期の収穫が期待きないのですじゃ」
村長の爺さんが、白い髭を触って、溜め息を漏らした。
なるほど、割と深刻な問題らしい。それに、その半分しか収穫が終わっていないなら、村民の食い扶持の方も危ういのだろう。
「森の中の村は納税義務がないんじゃないのか?」
「いえ、教会が建てられている村には納税義務があります」
村長はちらりと村の奥にある教会を見た。
戸籍管理は基本的に教会が行っていて、その教区簿冊をもとに領主が税を回収している。即ち、教会がある村は領主の管理下にあるのだ。
「教会から領主に話を通してもらったらどうだ?」
「牧師にもそう言ったのですが、納税については進言する権限がないとかで……」
「なるほど」
本当はそんな事ないはずなんだけどな、と思いつつも、俺は頷いた。
テルヌーラ女神教の影響力は、ことルンベルク王国内では凄まじい。はっきり言って、領主でさえも教会がそういうのであれば、と飲み込まなければならないのだ。なぜなら、領主はおろか、国王ですらこの国ではテルヌーラ女神教の信者だ。教会がこうだと言えば、神の言葉と言って頷かざるを得ないのである。
ただ、今はそれを言っても仕方がない。食糧難は彼らにとっては死活問題なので、何とかして解決してやりたい。
とりあえず何が問題なのかと訊いてみると、この荒れ果てた広大な畑である。ここまで荒れてしまうと、また耕すところから始めなければならないそうだ。そこから苗や種を植え、ゼロから育てなければならない。
しかし、この村は人口が50人ほどと少なく、男はその半分、しかも若い連中も少ない。
昔はもっと人口が多く、その時に作られた畑を今も使い続けてきたそうだが、今となってはこの広大な畑を全て耕し直すほどの男手がいなくなってしまった。数年前の流行り病で村の人口が激減したのだという。
人口が多かった時の遺物で乗り切っていたが、今回畑が荒らされた事で、それもなくなってしまったとのだ。なるほど、思った以上に深刻な問題だ。
「なあ、ティリス」
顎に手を当てて考え、愛すべき
「はい、アレク様」
「作物をすぐに育てる魔法はないのか?」
「さすがにそれは……」
ありません、とティリスは申し訳なさそうに首を振る。
「だよなぁ」
さすがに都合が良すぎたようだ。
「すみません。あ、でも──」
そこで、美しい銀髪の魔神はハッと顔を上げた。
「肥料の効果なら多分上げられます」
ティリスによると、
「お、それいいな! それなら後は……畑か」
この畑が問題だった。男手が少ない上に、ノイハイムは日が沈むのが早い。作業時間が限られているのだ。
それに、女は女で絹織りや家事の仕事が割り当てられており、女も総出で手伝うわけにはいかない。
俺とララも手伝うとして……いくらララが底なしの体力であったとしても、一人では無理があるし、何より時間がない。
「いや、待てよ……? 働ける時間が増えれば何とかなる、か」
そう呟いてララを見ると、物凄く嫌そうな顔していた。自分が何かしら使われる事を予期したのだろう。
「なあ、村長。例えば夜も働けるとすれば、村の男どもは頑張れるか?」
「それは、働ける環境なら無理にでも働かせますが……」
真っ暗の中で畑作業は危険です、と村長は溜め息を吐いた。
そう、それだ。でも、俺達はそれができる。
「村長、村人全員に伝えろ。夜も耕すぞ」
「はい?」
「もちろん俺と、ここにいるララも手伝う。実はこいつ、ちっさいけど俺達より力持ちなんだ」
俺はにやりと笑って村長に親指を立ててみせた。
ララの「やっぱりそうなんのかよ……」とげんなりとした嘆きが聞こえてきた気がしたが、聞かなかった事にした。
早速村長に指示を出して、物事を進めていく。
何も戦う事だけが俺達の役目ではない。こうした人助けだって、俺達ならではの出来る事だった。
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