聖堂騎士団②

「な……鬼族オーガだと!? バカな、そんな情報聞いていないぞ!」


 聖堂騎士団達の悲鳴にも似た声が響く。

 彼らが嘆くのも無理はない。鬼族オーガとは、単体でも人族の10倍ほどの膂力を持つ。ララは加えて変異種で、その鬼族オーガよりも何倍もの膂力を持っている。即ち、<魔封術アンチ・マジック>の結界内で彼女と力対力で挑むなど、蟻が象と力比べをしようとするようなもの。彼らもそれはよくわかっているのだろう。


「た、隊長! <魔封術アンチ・マジック>を解きましょう!」

「馬鹿が! お前もブリオーナ平原の魔法痕を見ただろう。あんな極大魔法を使われたら堪らんぞ!」

「で、ですが、鬼族オーガ相手に魔法なしでは……!」

「ぐぬぅ……」


 ララが一人、また一人と聖堂騎士団を屠っていく様を横目に、騎士団長はティリスをちらりと見る。

 彼らはブリオーナ平原の惨状を見てから俺達を追ってきたのだ。あの魔法痕を見て、彼らはこの魔法痕は魔王軍のものではなく、俺達がやったものと考えた。それで<魔封術アンチ・マジック>の術式を用意してから俺達に迫った、と。なるほど、なかなかに用意周到。優秀な指揮官だ。ただ、そこに鬼族の姫ララがいたのは計算違いだったのだろう。

 ララは軽く蹴っただけで馬をひしゃげさせ、拳を突き出せば鎧ごと貫いている。戦斧を振るえば、馬と騎手もろともぐしゃりと粉砕されて見るも無残な死体となっていた。あまりの酷さと内臓の臭さに吐瀉りたいのを我慢するので精一杯だ。


「極大魔法……? あれが、ですか?」


 ティリスは自分が極大魔法を使ったと思われているのが少し納得いかないのか、不機嫌そうな顔をしている。彼女からすれば、<火球ファイヤーボール>をただ連射していただけなので──人族からすればそれも十分極大魔法なのだけれど──不満なのだろう。


「ララ、手を貸しましょうか?」


 ティリスが無表情でララに訊いた。少し苛ついている雰囲気なところを見ると、おそらく魔法を封じた程度で自分に勝てると思われたところが気に食わないのだろう。

 もっとも、魔法が使えないくらいでティリスがこの程度の相手に遅れを取るとも思えない。彼女には<支配領域インペリウム>がある。あれを攻略できるのは、ララほどの動物的勘と膂力がないと無理だ。普通の人族では攻略できない。


「やなこった。お前はアレクの警護でもしてろよ。今回のはあたしの獲物だ」


 ララは聖堂騎士の剣を素手で掴み、そのまま握り潰して答えた。剣を握り潰された騎士は、呆然と折れた剣先を見つめていたが、次の瞬間にはララの裏拳が入り、兜ごと首が吹っ飛んでいた。


「ララ、後方にいる杖を持ってる連中を先に仕留めろ。後々何か仕掛けられたら面倒だ」


 聖堂騎士団後方にいた杖を持った神官騎士達を指差し、ララに指示した。彼らはおそらくこの騎士団の〝回復師ヒーラー〟と〝強化術師エンハンサー〟、或いは〝魔術師〟だ。<魔封術アンチ・マジック>を解いて何か面倒な魔法を使われても困る。


「あいよ、ご主人様マスター!」


 ララは元気よく返事し、地面を足蹴りにして空高く飛んだ──かと思うと、部隊の後方まで跳んだ。なんという脚力だ。


「ひ、ひぃっ!」

「隊長、<魔封術アンチ・マジック>を解いて下さい! 私の魔法であればこんな小娘など何とでもなります」


 突っ込んでくるララを前に、聖堂騎士団の神官が隊長に言う。


「ぐ……か、解除を──」

「いいんですか?」


 解除を命じようとした隊長に、ティリスが手のひらを向けた。


「解除した瞬間……あなた、丸焼けになりますよ?」


 上位魔神グレーターデーモンが底冷えするような恐ろしい笑みを浮かべる。

 そこで、隊長はびくっとして言葉を止めた。その躊躇が彼の過ちだった。その一瞬の隙さえあれば、ララにとっては十分だったのだ。ララは「ほいさ」と軽い掛け声で一瞬で距離を詰め、杖を持った神官騎士達を片っ端からねじ伏せていく。

 周囲にいた聖堂騎士達が悲鳴にも似た声を上げて抜剣してララに斬りかかるが、その剣が彼女に届く事はなかった。彼女が戦斧を一振りするだけで、3人ほどの騎士は一気に体をひしゃげさせて、体をバラバラにされていた。死臭が一気に街道を満たしていく。

 ララはその後、何も苦戦する事なく聖堂騎士達を屠っていった。ただの人族が、魔法なくして勝てる相手ではないのだ。

 そして残るは、隊長一人。

 聖堂騎士団隊長は、部下の亡骸を前にただ茫然と膝を着いて、頭を抱えていた。


「<魔封術アンチ・マジック>を用いるところまではよかったと思いますけど……」


 上位魔神グレーターデーモンは隊長に話しかけてから、頭上に張られた五芒星の結界を見上げた。そして、手のひらを頭上に向けて、そのまま軽くぐっとくうを握り込むと……五芒星にひびが入り、ガラスのように砕け散った。


「この程度の術で、私を抑えられると思ったんですか?」


 くすっと笑って、もう一度隊長を見下ろした。

 驚いた。ティリスはいつでも<魔封術アンチ・マジック>を破壊できたにも関わらず、敢えて破壊しなかったのだ。


「うっわ、お前わざと魔法封じられたふりしてたのかよ!」

「はい。その方がララも喜ぶかと思いまして」

「くっそ、ちょっと喜んでたあたしが馬鹿みたいじゃねーか! やっぱ腹立つなお前!」


 ティリスとララがそんな軽口を交わし合っている。

 こうは言っているが、おそらくティリスが<魔封術アンチ・マジック>を破壊しなかった理由は、聖堂騎士の神官達がどんな魔法を使うのか予想できないからだ。万が一に備えての事だろう。魔法無しで危険も無く勝てるなら、その方が良いと判断したのだ。


「お前達は……何者なのだ……」


 聖堂騎士団の隊長は、絶望の色を隠さず訊いてきた。


「別に何だっていいさ。お前には関係ないだろ」


 ぴしゃりと言い放つと、彼は憎々し気に俺を睨んだ。

 睨まれても困る。俺達が何者であるかについては、今から創っていく事なのだ。今の段階で訊かれてもわかるはずがない。

 ただ、そんな事はどうでもいい。俺も彼には訊かなければならない事がある。


「さて、隊長さんよ。お前を今ここで殺してもいいし、生かしてやってもいいんだけど……?」


 結局、隊長は俺のこの問いに対して、生かしてくれ、殺さないでくれと縋りついてきた。

 はっきり言って、彼を生かしておく恩恵が俺には何一つなかったのだが、聖堂騎士団の隊長ともあろう方がこうして頭を地面にこすりつけて頼んでいるのだ。その頼みを聞いてやらんでもない。

 そこで俺が彼に出した条件は二つ。二度と俺達の詮索はしない事と、もし、ラトレイアや教会上層部から何か訊かれても、俺達には何ら問題がなかったと言えと答える事の二点だ。この二つさえ守ってくれるなら、ここで逃がしてやると伝えた。

 もちろん、ただ逃がすだけでは信用できないので、ティリスの呪いもしっかりと掛けさせてもらった。もし俺との約束を反故にしようとしたならば、即座に頭が破裂する仕組みとなっている。

 失った部下についてはどうすればいいと訊かれたが、そんな事は自分で考えろ、と一刀両断した。そこまで考えてやる筋合いはない。


「あいつも殺した方がよかったんじゃねーの?」


 馬車で農村に向かっている最中、ララが訊いてきた。彼女は客車で戦斧についた血を布で拭いている。


「まあ……あいつが死ぬと、今度はあいつの死について調べられるからさ。そしたら俺達に辿り着くだろうし、そうなると永遠にテルヌーラ女神教と戦わないといけなくなる。それはそれで、今後の事を思うと面倒なのさ」

「そんなもんかねえ」

「そんなもんだよ」


 俺はララに笑みを向けて、そう答えた。

 俺がやりたいのは、勇者への報復と、その報復に対して責任を取る事だ。テルヌーラ女神教との戦争ではない。


「あっ。アレク様、村が見えてきましたよっ」


 ティリスが少しはしゃいだ様子で、無邪気な笑みを俺に向けてきた。

 今俺の横にいるのは、人化の術で人族の姿をしている銀髪の美しい少女だ。冷酷な笑みを浮かべていた彼女は、そこにはもういない。

 一体どっちが本当の彼女なのか、未だにわからなくなる。

 でも、もしかしたら──戦いというものがなくなれば、ティリスはずっとこうして無邪気な笑みを向けていてくれるのかもしれない。そんな事を、ふと思うのだった。

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