聖堂騎士団

 ノイハイムの〝名もなき森〟付近にある農村まであと少しというところで、馬を休ませている時だった。後方から響く馬蹄の振動に、ティリスとララの表情が険しくなる。


「20……いや、30ってところか?」

「ですね。それも、隊商キャラバンと言った類のものでもなさそうです」

「僅かに金属の音も聞こえやがる。軍隊、だな」


 ララの言葉にティリスは頷き、人化の術を自らとララに掛けた。おそらく、この術はどうせ解く事になる──彼女達の表情はそう物語っていたが、やらないよりはマシ、というところだろう。

 そう……こんな方向に、軍馬など来るわけがないのだ。俺達を目的としていない限り。


「さて、おいでなすったぜ」


 ララがぺろりと舌なめずりをして言った。彼女は戦えるのが楽しみらしい。

 一方の俺はというと、後方に見えた軍旗を目を凝らして見て、戦慄を覚えていた。その軍旗は、ルンベルク王国軍のものではなく、テルヌーラ女神教の旗だったのだ。


「……聖堂騎士団か」


 内心で舌打ちをしつつ、その旗を睨む。

 聖堂騎士団は、テルヌーラ女神教が独自で持つ軍隊だ。教会が自らの意思で動かせるという。数は多くないが、その強さは王国軍の精鋭にも勝るとも劣らない。

 聖堂騎士団の主な任務は教会の保護や教会に反旗を翻したデモの鎮圧等と聞いているが、実際は何をしているかなどは不透明だ。

 その聖堂騎士団が、こんな農村と森しかない方向にわざわざ用事もないのに来るわけがない。間違いなく、目的は……俺達だ。

 それからほどなくして、真っ白な鎧に覆われた騎士達およそ30が俺達の前に並んだ。その鎧にはテルヌーラ女神教の刻印がある。

 騎士隊長と思わしき者が前に出てきた。


「そなたがアレク殿か」

「ああ。あんた達は?」


 ティリスが先制攻撃で魔法をぶっ放しそうだったので、それを目で制する。


「我らはテルヌーラ女神教の聖堂騎士団。そなたらに伺いたい事があってな」

「あの聖堂騎士団が俺に何か用か?」

「なに、聖女ラトレイア殿が先日何者かに襲われてな。いくつかの状況から鑑みて、その襲った連中というのがどうにもそなたらしかいないのだ。今日はその確認をしたく思って、貴殿らを探していた」

「その確認の為に、わざわざバンケットからここまで? ご苦労なこった」


 そう答えつつ、内心でもう一度舌打ちをする。

 ナディアに関してはティリスが俺達の記憶を消してしまっているから、教会に報告した事はあり得ない。おそらくラトレイアが何かしら動いたのだろう。

 よくよく考えれば、彼女はテルヌーラ女神教の中でもかなりの権限を有する〝聖女〟だ。聖堂騎士団を動かせたとしても不思議ではない。


「それにしても、俺はバンケットの町を救ったはずなんだけどな。その俺がどうしてラトレイア様を襲わないといけないんだ?」

「そう……我々とてそう考えてはいた。しかし貴殿らは、その前に孤児院を訪れ、キング・オーガを討伐した後に、ナディア殿を通じてラトレイア殿を呼ばせている。これは使者に確認済だ。そして、ラトレイア殿が襲われたのは、そのすぐ後、呼び出された孤児院でだ。状況から鑑みて、貴殿らを疑うのは当然だろう?」


 聖堂騎士の言い分はごもっともだった。間違いなく俺が怪しい。

 ただ、これはあのプライドの塊ともいえるラトレイアが、自分の恥を晒して教会に泣きつくとは考えていなかった俺の落ち度だ。こうなってくると、色々面倒だ。教会とも正面を切って構えて、勇者とも戦いつつ、更に魔王軍の侵攻にも備えなければならない。現存するルンベルク王国内の勢力全てと構える事にならなければいけなくなるのだ。


(いや、待てよ……?)


 本当に聖堂騎士団こいつらは教会の指示で動いているのだろうか。その割には数が少ない。もし本当に教会が背後にいるとすれば、俺達がオーガ軍を撃退した戦力だと認識しているはずだ。それならば、この10倍の数の戦力を最低でも用意するだろう。

 となると──これは、ラトレイアが一人で動かせる戦力ではないだろうか。彼女が独自で聖堂騎士団の一部を動かせる権力があるなら、わざわざ恥を晒す必要もない。


「なるほどなるほど、あんたらは聖堂騎士団ともあろうことか、ラトレイア様の戯言に動かされているというわけか」


 鼻で笑って言ってやると、「貴様、無礼だぞ!」と周囲の騎士達が憤る。


「確認だ、隊長さんよ。あんたらのこれは、教会の意思じゃなくて、ラトレイアの命令だな?」

「……左様。貴殿の読み通り、これは我らがラトレイア殿から受けた極秘の令だ」

「その命令の内容は?」

「……バンケットの救世主・アレクは魔の一族、その使い諸共滅せよ、と」


 それを聞いて、口角が上がった。

 そうだよな、ラトレイア。お前はそういう奴だ。自分がした事など棚に上げ、俺を一方的に悪者に仕立て上げて暗殺する。

 大方、ティリスの呪いを解呪できなくて、殺すしかないと悟ったのだろう。しかし、自分や勇者の手は使わず、手持ちの聖堂騎士団を差し向けてくるあたり、良い性格をしている。勇者マルスや教会に俺の討伐を依頼するには、自分の痴態を赤裸裸に説明しなければならない。それは彼女とて避けたかったのだろう。

 ただ、これはむしろ朗報だ。これが教会の意思なのであれば、俺達はテルヌーラ女神教も相手にしなければならない。それはさすがに面倒が過ぎる。だが、ラトレイア単体の命令で動いているなら、こいつらを消したところで、教会と構える事にはならない。


「騎士隊長さんよ、もう一つ確認だ」

「なんだ?」

「……お前達は、死ぬ覚悟があるのか?」


 俺のその言葉と同時にティリスが人化の術を解いて、妖気を放った。びりびりと肌が震えるようなオーラを彼女が放つと、それだけで胸が昂る。俺は彼女がこうして妖気をまき散らした瞬間に見せる敵の表情が大好きなのだ。

 予想に違わず、上位魔神グレーターデーモンの姿を見て、聖堂騎士団は戦々恐々としている。強ければ強い程、相手の実力もわかる。強者ほど彼女の妖気を浴びて恐怖を感じるのだ。


「ま、魔族!? 貴様、まさか本当に魔の手だったのか!?」

「おいおい、ラトレイア様から俺の情報は何も聞かされてないのか? 俺はテイマーだ。ラトレイア様お墨付きの、最弱雑魚テイマーだけどなぁ?」


 にたりと笑みを浮かべて、騎士隊長を見る。


「ほざけぇ! この魔族めが!」


 騎士隊長が後方の杖を持った神官騎士に向けて何かを支持した。それと同時に杖を掲げると、聖堂騎士団と俺達の上空に大きな魔法陣が描かれていた。

 そして俺達の体に何かもやっとした空気が纏わりつく。痛くもかゆくもないが、何かを制約された気分だ。これは……


「……<魔封術アンチ・マジック>ですね」


 ティリスが上空の五芒星を見て、無表情のまま応えた。

 <魔封術アンチ・マジック>──その名の通り、魔法を封じる魔法陣だ。対魔導士戦では有効な術で、この結界内では敵味方含めて一切の魔法が用いられなくなる。この結界内では、純粋に力と力の勝負になるのだ。


「ふははははは! 貴様らが強力な魔法や術を使うという事は我らも知っているわ! もちろん、それ相応の準備もしてきている!」


 騎士隊長はまるで鬼の首を取ったかのように高笑いをしている。

 そう、確かにこれは有効な戦術だ。聖堂騎士団はおそらく個々の武勇に関してかなり自信があるのだろう。それを無効化する魔法さえ封じてしまえば、如何に強かろうと3人程度の者など、30人もいれば倒せると踏んだのだ。その算段は決して間違いではない。


「如何に強大な魔法を使えようとも、これで貴様らなど見掛け通りの女子供と同じ! ラトレイア様を汚した罪、死んで償うと良い!」


 そう、確かにこれは相手の中に強力な魔術師がいる場合は有効な戦術だ。しかし、それは──あくまでも対人の場合のみである。俺達にその戦法は有効ではない。


(というか、ラトレイアを汚してないっつーの……)


 尿やら淫液塗れにはしたけども、あれは彼女自身のものである。俺はただ頬を撫でてやっただけだ。

 横にいたララにちらりと目配せすると、彼女は目元だけで笑って、一番近くにいた聖堂騎士に瞬時で近付いた。そして──


「あらよっと」


 そのまま回し蹴りをして、馬ごと薙ぎ倒す。

 白い甲冑と軍馬は空を舞い、20メルトほど吹っ飛んでいった。

 唖然とその光景を見て固まる聖堂騎士団。そしてそれを鼻で笑う俺とティリス。相変わらず、とんだ馬鹿力だ。あれで軽く蹴ったくらいなのだから、鬼族の姫ララの力は凄まじい。


「……で? これが何だって? あたしには何の影響もないんだけど」


 ララは腕をぶんぶん振り回して、馬車の中にとことこ戻ったかと思うと、自らの身の丈よりも大きな戦斧を持ち出してきた。

 そして、彼女も人化の術を解く。そこには、額に小さな角を2本生やした、小さな鬼の姿。

 聖堂騎士団の連中が歯を震わせている。彼らが採った戦術が、完全に裏目に出たのだから。


「最近上位魔神どっかのバカに喧嘩で負けたばっかでよ。実は結構苛々してるんだ。お前ら、あたしの鬱憤晴らしに付き合ってくれんだよなぁ?」


 ララは戦斧を担ぎ、にやりと笑みを作った。

 そう……<魔封術アンチ・マジック>の結界内では、純粋に力と力の勝負になる。それはこの、鬼族の姫オーガ・クイーンと素手ごろで喧嘩をする事を意味するのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る