小さな兄③

「それにしても、どうしたんだ、いきなり」


 俺達を見送るラッドが見えなくなってから、ティリスに問いかけた。


「何がですか?」

「やたらとあの兄妹に優しかったな、と思ってさ」

「そうですか?」


 ティリスはしれっと答えているが、どこか恥ずかしそうである。全く、嘘を吐くのが下手な奴だった。


「あれだけレスラントや傭兵たち相手だと問答無用に殺しまくっていたじゃないか。ラッドが抱き着いた時は、殺してしまうんじゃないかと思ってヒヤッとしたよ」

「……私だって、誰彼問わず殺したりしません」


 失礼ですよ、と言わんばかりに、ティリスが頬を膨らました。


「ごめんごめん、でも意外だったからさ」

「意外、でしたか?」

「ああ。だって、魔族にとって人族は相容れないもので、それこそ価値なんてないんだろ? なのに、俺が言わなくても自分から<治癒魔法ヒール>を掛けて、挙句に大事に食べてた飴玉まで全部上げてさ。意外な事だらけだよ」


 そこまで言うと、ティリスもくすっと笑った。


「そうですね。そう言われてみれば、意外なのかもしれません。というより、私自身が一番意外に思っちゃってます」

「なるほど、そりゃ俺でも読めないな」


 言って、お互いに笑い合った。ティリスがわからないのであれば、俺がわかるはずがない。ならば、もう何も訊くまいと思って、視線をティリスから目先の景色へと移した。

 緑の山々に、街道の割にでこぼこしている土道。緑の香りと横にいるティリスの甘い香りが鼻をくすぐった。

 ティリスは俺の肩にもたれるように、頭を乗せた。馬車がでこぼこ揺れる度に反動で肩と頭が当たって痛いのではないかと心配したが、彼女は気にした様子もなかった。

 そのままの体勢で暫く会話もなく、何もない街道をゆったりと馬車で歩く。勇者達に追いつく為には、もっと急がせるべきなのだろう。しかし、彼女と二人で穏やかに過ごすこの時間を、もう少し味わっていたかった。


「……私には、義兄あにがいました」


 ティリスが唐突に話し出した。


「へえ、お義兄にいさんがいたんだ?」


 ちょっと甘えたっぽいところがあるのは、そのせいか、と少し納得してしまった。


「はい。血は繋がっていませんでしたけど……義兄あには、本当の妹のように接してくれていて、いつも私を守って下さいました」


 ティリスがこうして自分の事を話してくれるのは、珍しい。

 ただ、彼女は話ながらも、どこか少し寂しそうな笑みを浮かべていた。


「いつも私が困っていると、何でも助けてくれたんです。それでいつも……何とかしてくれました」

「ティリスはそのお義兄にいさんが大好きだったんだな」


 何となしに会話の流れからそう言っただけだった。

 しかし、彼女は一瞬息を詰まらせ、一度空に視線を逃してから、また俺の方を向いた。


「はい……そんな義兄あにが、私は大好きでした」


 頷く前の一瞬の躊躇と、今にも泣きそうな笑顔。その笑顔には、寂しさが滲み出ていて、それと同時に喜びも混じっているようにも見えた。

 とても複雑で、一言では言い表せないような笑みだった。


「あの子達を見ていると、そんな義兄あにと自分を重ねてしまったのかもしれませんねっ」


 誤魔化すようにくすっと笑って、「と言っても、アレク様が生まれる前の話ですよ?」と付け加えた。

 今の話を聞いて、今日のティリスの一連の行動にも納得できた。必死で妹を守ろうとする兄と、その兄を応援したい気持ちが、彼女を動かしたのである。


(なんだ……魔族だなんだと言って、随分人族みたいなところがあるじゃないか)


 残酷な上位魔神グレーターデーモンかと思えば、まるで聖母のように優しい一面もあって。そんな彼女の二面性に、どんどん惹かれていく。

 いや……違うか。多分ティリスは、本当は凄く優しいのだ。優しいけども、その優しさは本来魔族には不必要なもので。魔族たらしめる自分と、本来己の持つ優しい性格が混在してしまって、この二面性を作り出してしまっているのだろう。


「聞いていいのかわからないけど……お義兄にいさんは?」

「きっと、アレク様の想像通りです」


 彼女は苦笑して、頬を掻いた。


「というと……」

「はい、もういません。これもアレク様の生まれる前の話ですから」


 ああ、やっぱり。だからこそ、彼女はこうも寂しそうに義兄の話をしたのだ。


「なんか、悪いな……言わせちゃったみたいな感じで」

「いえ、大丈夫です。こうして話せてよかったなって思いますし、それに……それを寂しく思う必要も、もうありませんから」


 その紫紺の瞳を潤ませながらも、ティリスは笑顔だった。その笑顔は決して作り物のそれではなくて、心からの幸福を感じさせるものだった。


「……どういう事だ?」

「さあ、どういう事でしょうね?」


 麗しの銀髪少女はとぼけたような笑みを作ってから、ほんの一瞬の隙を突いて、俺に口付けてきた。

 唇を離した時に見せた彼女の笑顔は綺麗で、優しくて、少し寂しそうで。でも、それ以上に幸せそうだった。彼女の本心はわからない。言いたくない事もあるだろうし、言いにくい事もあるのだろう。

 でも、ティリスがそうして笑ってくれているのなら、それでもいいかと思えた。

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