叱咤

 それから俺達はララとラトレイアが戻ってくるのを待った。

 ティリスは翼でぱたぱたとヘレンの頭を撫でて遊んでやっている。有翼人と接するなどもちろん初めてのヘレンは、とても楽しそうだった。ちょっとだけティリスも楽しそうだ。

 ちなみに、まだティリスとは仲直りできていない。さっきはヘレンに助けられていたが、今ではシール親子が足枷となっている。彼らがいると余計に話かけにくいのだ。

 結局そのままシールと雑談しながら、ティリスとヘレンが遊んでいる様子を眺めている事しかできなかった。


「……で、何でまだ仲直りしてないわけ?」


 馬車を操る俺の横に座り、聖女様が不機嫌そうにこちらを覗き込んでくる。


「シールさんとこにヘレンちゃん連れていく間に仲直りしろって言ったわよね?」


 ラトレイアがティリスに見えないように俺の足を抓った。


「い、痛い、痛いって! 危ないからやめろ! 馬を御せないだろ!」


 小声で言うと、ふん、と鼻息荒くしてそっぽ向いた。


「いや、まぁ……タイミングがなかなか、さ」


 ちらりと横目で荷台を盗み見る。

 荷台では、ティリスの翼が気に入ったらしいヘレンが彼女の翼にくるまって遊んでいた。その様子をララとシールが笑って眺めている。

 荷台にはヤーザム山賊の拠点に残っていた食糧や酒、交易品などが乗っている。どれも村のものだが、食糧と酒はほとんど残っていなかった。


「そんなに自分が弱いのを気にしてるなら、ティリスとララに鍛えてもらえば良いじゃない。あんなに強い味方がいるんだし」

「あのなぁ……あの二人の戦い見ただろ。ティリスはもう技術どうこうのレベルじゃないし、ララに稽古なんてつけさせてみろ。きっと一瞬で俺なんか死んでるぞ」

「……それもそうね」


 ティリスとララの戦いぶりを思い出したのだろう。ラトレイアは苦笑いを浮かべている。

 俺とて、何度か二人に稽古をつけてもらおうかと考えた事もあった。しかし、ティリスは近接戦闘では<支配領域インペリウム>を用いて戦うし、ララは鎧ですら拳で簡単に貫いてしまう程の腕力である。次元が違い過ぎて、教わる気にもなれないのだ。


「あなたのテイムの能力については……ララから聞いたわ」


 ふと、ラトレイアが唐突に話し出した。


「え、聞いたって……」


 おいおい、嘘だろう。ラトレイアに言ったのか、あれを。


「ええ。どうすれば魔物をテイムできるか、についてよ。さっきあなたが自分で言ってたんじゃない。『女型の魔物に手を出しまくって営んで、サーヴァントを増やしまくる』って。何の事かさっぱりわからなかったから、ララに訊いたのよ」

「ああ、なるほど……」


 自分の言った言葉を思い返して、頭を掻き毟った。

 最低な発言だ。これでは俺が彼女達を駒のように思っているようではないか。


「さすがに驚いたわ。アレクにそんな能力があったなんて」

「俺もだよ……」


 誰が生殖行為をすればテイムに成功すると思うんだよ。自分でも信じられない。


「そういえばあなた、マルスのパーティーに居た時もハーピィに凄く追い掛け回されてたものね。あれってそういう事だったの?」

「……だそうだ」


 俺がそう言うと、ラトレイアが可笑しそうに笑った。

 きっと俺がハーピィに追い掛け回されていた滑稽な光景を思い出したのだろう。俺は必死で逃げているのに、皆で笑い物にするのだから、酷いものだった。


「あの時、バレなくてよかったわね」

「え?」

「もし魔物とヤればサーヴァントにできると判れば、きっと事あるごとに魔物とヤらされてたわよ。マルスならそれくらいやるだろうし。挙句に雄の魔物ともヤらされてたりして」

「……想像しただけでもゲロを吐きそうだよ」


 ある意味、パーティーを追放されてからわかってよかった。きっとその能力がわかっていたら追放はされなかったかもしれないが、新しい魔物が出てくるたびにさせられていたに違いない。


「それで……ティリスとは、どうしてそういう関係になったの? だって、上位魔神グレーターデーモンよ? 人族と絶対に相容れない種族じゃない。わざわざテイムされる意味がわからないわよ」

「ああ……まあ、それに関してはあいつにも深い事情があるらしいから、あまり俺から話せないんだけど。ただ、あいつは……俺に助けを求めたんだよ。『助けて』って」

「助けを? あんなに強いのに?」

「そう」


 俺はラトレイアにティリスとの馴れ初めを話してやる事にした。


 ◇◇◇


「……あの後、そんな事があったのね」


 ティリスと出会った経緯をラトレイアに話してやると、彼女はそう呟いて溜め息を吐いた。彼女としては、パーティーを追放してしまったうしろめたさもあったのだろう。


「あの子にとってアレクは……前世で何か関係があったって事?」

「さあ……そこまではわからないけれど、ティリスの言い方から察すると、そういう事らしい」

「え、なに? じゃあそのヤったらテイムできるってその時の能力だったって事? 前世ではよっぽどスケベだったのね」

「あのなぁ……」


 なんだ、このとことんバカにされている感じは。

 ラトレイアは「冗談よ」と前置いて笑ってから、神妙な顔をして続けた。


「だったら……尚更早く仲直りしてあげるべきよ」

「え?」

「さっきの話を聞く限り、あの子にとっては、アレクが全てなんでしょ? そのアレクに誤解されたままだと思ったら、気が気でないわよ。あの子、洞窟の中でどれだけ落ち込んでたと思ってるの?」


 そういえば、さっきララにも似たような事を言われた。

 ラトレイアによると、俺と口論した後、ティリスはまるで迷子になった子供のように、ラトレイアやララの後ろについて回っていたのだという。いつもなら俺に指示を仰いで、俺の傍にいて……という、ここ数か月の当たり前を彼女は失っていたのだ。

 ずっとしょんぼりとしていて、そわそわしながら俺を視線の先で探していたらしい。


「あれじゃあ、ティリスが可哀想よ」


 聖女が俺を責めるような視線で見つめる。

 彼女にそう言われて、はっとした。そうだった。今ではこうして仲間ができて孤独が埋められてきているが……ティリスにとっては、俺が全てなのだ。彼女はネームド・サーヴァントで、俺と魂で繋がっている。しかも、彼女は俺に一切の拒否権を持っておらず、絶対服従を強いられている関係。彼女の生命は、もはや俺ありきで成り立っていると言っても過言ではないのだ。

 それに、それは俺も同じだったはずだ。今でこそララやラトレイアもこうしていてくれるが、俺が一番孤独で寂しくて堪らなかった時、傍にいたのは誰だ? 彼女がいたから、俺は孤独や絶望に襲われる事もなかったのではないか。彼女がいたからこそ、暖かい今が送れているのではないのか。


(全く……本当に最悪だな、俺は)


 俺にとってもティリスが全てだったのに。彼女さえ居てくれたら、それで良いと思っていたのに、その彼女を傷つけてしまった。

 ふと横目でちらりと荷台のティリスを見ると、彼女と目が合った。ティリスは相変わらずびくっとして慌てて俺から目を逸らしている。


「ほら、わかった? あの子の頭ん中はね、いつでもあなたの事でいっぱいなの。それを自覚しなさい」

「わかったよ……」

「あとね、アレク」

「何だよ」


 ラトレイアが妖艶な笑みを作って、俺をじっと見てくる。

 思わずドキッとして、彼女から目を逸らした。

 そんな俺に、彼女は口を耳元まで近づけて、低い声でこう言った。


「今日中に仲直りしなかったら、本当にこれからご飯抜きにするから」

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