娘っ子
暫くすると、シールの娘と手を繋いだティリスが、足取りを重くして洞窟から出てきた。娘っ子はティリスが魔神の姿のままでも怖がってはいないようだった。
ティリスは俺を見るや否や、何か言葉を発しようと口を開けたが、すぐに口を噤んで顔を伏せてしまった。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、喧嘩中?」
娘っ子は俺とティリスを見比べて首を傾げて訊いた。ティリスは困ったように笑って、娘っ子の髪を撫でる。
「仲直り、しなきゃだめだよ?」
娘っ子はティリスを見上げて、心配そうに言った。彼女は、相変わらず困ったように笑みを浮かべて頷いていた。
「えっと、じゃあ行こうか。お父さん、麓で待ってるからさ」
俺は何となく気まずい思いをしながら娘っ子に言うと、こくりと頷いた。思ったより元気そうで、安心した。
この娘っ子──名はヘレンと言う──は父親の腕が折られ、腹を割かれるところまで見ていたのでショックを受けてしまっていたが、ラトレイアが治療した事を伝えると、元気を取り戻したそうだ。
ヘレンの右手を俺が、左手をティリスが繋いで、3人で山を下りた。その間、ほとんどティリスとヘレンが喋っていた(というかヘレンが一人で喋っていた)のを、俺はただ黙って聞いていただけだった。
彼女は村の事をたくさん教えてくれた。村長の性格や、特産物、父親のシールの事、友達とした悪戯についてなど、話は飛び飛びだったが、楽しそうに話している。
ティリスは優しい笑みを浮かべてその言葉に耳を傾け、時折相槌を打っていた。
いつの間にか、ティリスがお姉さんのように振舞っていて、それが少し意外だった。彼女も村々を移動する中で人族と接する事で、少しずつ変わってきている。それが嬉しかった。
ただ、俺と目が合うと、慌てて顔を伏せられてしまう。仲直りしようにも、なかなか言葉をかけづらい状況だ。ヘレンが一人で喋ってくれているので辛うじて間が持っているが、これが二人だけだったらと思うとぞっとする。
しばらく山道を歩いて俺達の馬車が見えてくると、ヘレンは俺達から手を離して「パパー!」と駆け出した。馬車に凭れかかって座るシールが目に入ったからだ。
「ヘレンー!」
「パパ!」
親子が感動の再会を果たしていた。シールは飛びついてくるヘレンを抱き締め、二人は涙を流しながら再会を喜んでいた。
ティリスはその光景を見て、微笑むを浮かべている。そんな彼女を見て、俺もつい頬が緩んだ。
二人がこうして五体満足で再会できたのは、奇跡のようなものだ。俺達があと数刻ここに辿り着くのが遅かったら、シールは怪我で死んでいただろう。そもそも、ラトレイアが仲間になってくれていなかったら、俺達だけでは助けられなかった。彼が死んでいたら、ヘレンはあの山賊どもの玩具にされていたか、どこかに売り飛ばされていたか……地獄のような日々を歩んでいただろう。
こうして二人が身心健康な状態で再会できたのは、本当に、ただ運が良かっただけなのだ。
「アレクさん、ありがとうございます!」
シールが俺達に気付いて、頭を下げた。
「いや……俺は何も。礼なら、ティリス達に言ってくれ。ヤーザムを倒したのは、こいつ等だからさ」
俺は苦い笑みを浮かべて言うと、シールが改めて何度もティリスにお礼を言っていた。
ただ、彼女の顔は浮かばなかった。笑ってはいるものの、どこか表情が暗い。
(ああ……俺の言い方がまずかったのか)
しまった、とその表情を見て思った。ただ事実を言っただけなのだけれど、彼女は俺が卑屈になってそう言ったと感じたのかもしれない。
「他の皆さんは?」
「ああ、えっと……もう一人囚われていた村の娘を世話をしてる。その子は……まあ、察しの通りだからさ」
そこまで言うと、シールは顔を伏せて、ヘレンをそっと抱き締めた。囚われていた娘も、ヘレンと同じ村の女だそうだ。シールとも顔見知りだろう。
「あと、村から奪った食べ物とか酒を集めて取ってこさせてる」
「え、女二人でですか? それなら手伝ってあげないと」
「あー、えっと、それは大丈夫」
「はい?」
「あのちっこい桃色髪の方、オーガ族だからさ。人族の男100人分くらいの力あるし、大丈夫」
俺がそういうと、シールはちらりとティリスの翼を見て、納得したと言うように苦い笑みを見せた。俺がテイマーだというのを思い出したのだろう。実際ララの腕力は、100人どころではない気がするけれど……。
「もうちょっとしたら来ると思うからさ、待っていてくれよ」
俺は鞄の中から水筒とショートブレッドを出して、シール親子に渡してやった。ショートブレッドはもう残り少ないが、村も近い事だし彼等に食わせても問題ないだろう。
ただ、それはいいとして……どうやってティリスと仲直りすれば良いのだろうか。そういえば、彼女とこんな風に喧嘩をした事など過去になかった。
力なく笑みを浮かべているティリスの横顔を盗み見て、俺は大きな溜め息を吐いた。
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