勇者を止める理由
俺達は山岳道を走る一台の馬車を見下ろしていた。
「ティリス、あの馬車か?」
「はい。間違いありません」
俺達は〝名もなき森〟の中に馬車を置いて、彼女の転移魔法でラトレイアがいる場所──サザラントの山岳──へと移動していた。
これから、いよいよ報復が始まる。常に奪う側だった者が、奪われる者となる時。
そして、俺が自らを取り戻す為の戦いでもあるのだ。
「すぐにラトレイアを剥がしても構わないけど……」
「それだと面白みがありませんね」
「そうだな。きっとドラゴンを討伐した直後だ。〝
そう言うと、
まずは、ティリスとララで圧倒的なまでに勇者一行を叩きのめす。力の差を見せつけて絶望させてから、聖女ラトレイアを勇者一行から剥がしてやる。もちろん、これで終わりにはしない。ひとりひとり剥がしていって、自らが力を無くしていく様を体感してもらうのだ。
(シエルは今の俺を見てどう思うだろうか)
シエルと会うのも、パーティーを追放されたあの時以来だ。俺も変わっただろうし、そして彼女もきっと変わっているだろう。もう、何とも思わないか、はたまた力を持った俺の元に来ようとするか、口汚く罵るか……どれだろうか。どれであっても、俺は気分を悪くするのだろうな、と思うのだった。
馬車には従者が一人、そしておそらく馬車の中には勇者マルス一行がいる。馬車が変に縦に揺れている事から、おそらく中では
勇者マルス一行は、
「この山岳の向こうには何があるんだ? 魔王軍か?」
「ああ。サザラントの山岳の向こうは〝月影の森〟……〝獣人王〟ヴェネデットが支配する領域さ」
ララが答えた。「付け加えるなら〝獣人王〟ヴェネデットは魔王軍の大幹部の一人だよ」との事だ。
ララによると、〝獣人王〟は彼女の兄〝
「ただ、それはあくまでも真っ昼間に平原で戦ったら、の話だ。〝月影の森〟に攻め込んだら、兄貴の軍勢じゃ絶対に勝てない」
「どういう事だ?」
「獣人達は夜に強いんですよ。しかも、〝月影の森〟は常夜の森なので、彼らは常に全力で戦えます。勇者と言えども、人族が攻め込んで生きて帰るのは難しいでしょうね」
ティリスはララの説明に、そう付け加えた。
獣人族は、夜になるとウェアウルフに変身できる。変身というより、本来の姿に戻れると言った方が良いだろうか。普段は人の姿をしているが、獣人化する事で大きな力を持つようだ。しかも、〝月影の森〟は常夜の森なので、彼らは常に獣人族本来の姿で戦える。ララが〝月影の森〟に攻め込んだら例えオーガ軍でも勝てない、と言ったのは、そういう意味だ。
「それに、〝獣人王〟は魔王軍の中でも穏健派です。人族の為にも争いは避けた方が良いと思います」
「なるほど……」
要するに、下手に攻撃をして〝獣人王〟の怒りを買えば、その報復で人族に被害が出る、という事だ。しかも、今の勇者マルス一行をこのまま〝月影の森〟に攻め入らせてしまえば、彼らは間違いなく全滅する。
(……色んな意味で、俺達はこいつらをここで足止めしてやらないといけないってわけか)
なんだかな、と思わず自嘲的な笑みが漏れた。
復讐する為にここに来ているのに、これではマルス達を助ける事になってしまうではないか。ただ、復讐の対象に死なれても困る。それでは一生、俺があの悪夢から解放されなくなってしまうからだ。
それに、これは無駄に〝獣人王〟の怒りを買わない為でもある。もし買ってしまえば、真っ先に攻め入られるのはサザーラントの町だ。そして、バンケットやノイハイムなどのルンベルク王国北部領も侵略の対象となる。それは防がないといけない。
まだマルス達は、魔王軍と対峙すべくではないのだ。ティリスやララの話を聞く限り、魔王軍の層は思った以上に厚い。マルス一行はルンベルク王国内では最強の勇者パーティーと讃えられているが、魔王軍の前では無力に等しいと言える。
それならば、今は魔王軍を刺激しない方が良い。皮肉な話ではあるが、一旦マルス達の戦力を下げて、ここらで彼らに引き下がってもらった方が、
「さて、じゃあそろそろ始めるか。あたしは、剣聖の相手をすればいいんだな?」
「ああ。剣聖ルネリーデを一騎討ちで仕留めてくれ」
ララが戦斧を担ぎ、にやりと笑って親指を立てた。
「私は残りの相手をしますね」
ティリスはいつものように淡々と話しているが、そこにはやや喜びの感情も混じっていた。彼女は俺の復讐を手伝える事に純粋に喜びを感じているのだ。いや、彼女にとっては、もう自分の復讐の一部なのだろう。ティリスは俺の過去を聞いて、まるで自分の事のように怒りを感じてくれた。俺と同じように彼らを憎く思っているのだ。
ティリスは俺と目が合うと、いつものように優しくにこりと微笑んだ。魔神でも悪魔でもなく、美しく優しい微笑。その笑顔を見て、俺は思わずその肩を抱き寄せてしまった。
こうして報復できるのも、ここに来れたのも、全部ティリスの御蔭だ。彼女がいてくれたから、俺は救われた。それを思うと、無償に彼女が愛しくなった。
「アレク様……大丈夫です。全部、上手くいきますから」
ティリスが俺の気持ちを察したのか、優しく頭を撫でてくる。
ララはそれを横目で見て、やれやれと肩を竦めていた。ちょっと恥ずかしい。
でも、この2人がいるから、俺は自らを見失わずに済んでいる。彼女達には、感謝してもし切れない。
「さあ、2人とも……開戦だ。
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