5章 聖女と勇者とテイマーと

報復の始まり

「それにしても、驚きましたね」


 森の中で馬を休ませるついでに、昼食を取っている際にティリスが唐突に言った。


「ああ、さっきの村か?」

「はい。まさか、何もしていないのに持て成されるとは思っていませんでした」

「全くだよ。確かに森の中でもノイハイムの町から近い位置にある村だったけども、人の噂ってのは凄いな」


 先ほど訪れた村での出来事だ。村民は、俺達を見ただけで夜明けの使者オルトロスと見抜いたのである。

 この2か月間、ノイハイムの未開拓地〝名もなき森〟の中で小さな集落や村を渡り歩いて、その先々で問題を解決してきたが、まさか村に入った瞬間見抜かれるとは思ってもいなかった。全く、伝聞とは恐ろしいものだ。

 というのも、この世のものとは思えぬ美しい銀髪の少女と小さな桃色髪の少女、そして黒髪男の3人組の組み合わせは滅多にいないので、目立ってしまうらしい。

 ちなみに、ルンベルク王国では1か月を30日、1年を12か月とする王国歴が定められている。俺達はこの放浪生活を2か月も続けていたのだ。


「さすがアレク様です。ここまで考えていたとは。私には考えも及びませんでした」

「いや……ここまで効果があるとは思っていなかったさ」


 これは謙遜ではなく、本音だ。

 まさかいきなり村に入るなり、夜明けの使者オルトロスだと歓迎されて持て成されるとは思っていなかった。先に持て成されてしまっては、何か手伝わざるを得ない。俺達は村を困らせていた魔物を退治して、早々に村を発ったのだった。


「それにしても、もうちょっと滞在しても良いんじゃねえのか? あたし、さっきの村好きだったんだけどな」


 ララは干し肉に齧り付きながら不満げに言った。


「悪いな。ノイハイムの領主に捕捉されたくないんだよ。また今度あそこの村には立ち寄ろうな」


 言ってから、ララの頭をよしよしと撫でてやると、彼女は不満げに頷いた。彼女はさっきの村で子供達と仲良くなっていて、その別れが惜しかったのだ。

 この2か月でララも随分と変わった。人族の慣習を理解し、村に行けば子供達から不思議となつかれ、遊ぶようになっていた。

 ただ、俺達は立場上、あまり一か所の村に長居する事は望ましくない。こうして村々を点々としていた理由は、夜明けの使者オルトロスの名を広げる為だけではなく、領主に捕捉されないようにする為でもあるのだ。

 俺達のやっている活動は、領主にとっては気に入らない事が多い。村に自衛・武装を促す事は、いずれ領主への反乱も引き起こしかねない。領主に捕捉されれば、何らかの罪に問われ、戦う事になる可能性もあるのだ。それは村民の為にも避けてやらなければならない。

 そういった経緯もあって、俺達は〝名もなき森〟の奥地へと足を踏み入れ、人里から離れていたのだ。


「ま……とりあえず、その鬱憤はこれから発散させてやるからさ」

「あん? どういう事だ?」


 不思議そうに首を傾げるララに、にやりと笑みを浮かべる。


「飯食い終わったら、そろそろ俺達の本業に移行しようかって話さ」

「おお! ついに勇者とやり合うのか?」

「そういう事。お前には剣聖とやり合ってもらわないといけないからな。頼りにしてるよ」

「いよっしゃ! 剣聖だか何だか知らないけど、あたしに任せとけよ」


ララはパンを一気に飲み込むと、嬉しそうに腕をぶんぶん回し始めた。彼女は彼女で、弱い魔物とばかり戦う事にそろそろ辟易していたらしい。強い者と戦いたいと願うのは、鬼族の血なのかもしれない。


「さて、あいつらは今どこにいる?」


 上位魔神ティリスに訊くと、彼女は一瞬だけ念じるように目を瞑った。それからすぐに目を開いて笑みを見せる。


「サザラントの山岳あたりです。ちょうど良い場所にいますね」

「なるほど。あそこなら他に人もいなさそうだな」


 ティリスはラトレイアの体内に自らの妖気を植え付けてあるので、彼女の居場所を探知できる。ラトレイアがいる場所……それは即ち、勇者マルスの一行がいる場所だ。

 俺達が村々の救世主になっていた頃、勇者マルスはルンベルク王国東部に現れた鮮血の地竜ブルート・アース・ドラゴンの討伐を果たしたそうだ。

 彼らは今や〝竜殺しドラゴンスレイヤー〟として国内に名を轟かせている。こんな森の中の小さな村にすら届くほどなのだから、さぞかし有頂天になっている事だろう。ラトレイアを剥がしにかかるには、ちょうど良い頃合いだ。

 何もかもが上手く行き、調子に乗って舞い上がっている頃にその鼻を挫くのは、最高だ。それに、ラトレイアも欲求不満で気が狂う寸前かもしれない。そろそろ救いの手を差し伸べてやっても良いだろう。


「さあ、2人とも。1回目の報復に行こう。くだらない事だけど……俺にとっては大事な事なんだ。悪いけど、付き合ってくれ」


 2人の頭をがばっと抱え込み、銀髪と桃色髪の髪にそれぞれキスをして、続けた。


「怪我と油断だけはすんなよ。あと、


 大丈夫だとは思うが、一応は念を押す。彼らを殺されては復讐の意味がなくなるからだ。


「わかりました、アレク様」

「あいよ!」


 2人はそれぞれ綺麗な笑みを見せてくれた。

 今の俺の味方であり、家族。彼女達がいれば、勇者でも魔王でも怖くない。そう思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る