とある賊の結末
「――へっへっへ。お楽しみのところ悪いなお二人さん。俺達も混ぜてくれないかい?」
馬車の外には、下卑た笑いを浮かべる男達がいた。その数は10人。みな銀髪の美少女の裸を見て下半身をおったてている。それなりの装備を身に付けているので、おそらく盗賊だか山賊だろう。どちらも大差がない。
「おいおい、なんだこの女ぁ! 角だか羽根がある亜人だが、見たことないくらいの良い女じゃねぇか! 兄ちゃん、俺達にも分けてくれよ! なぁに、終わったらちゃんと返すからよぉ!」
「生きて帰って来るかは保証しねぇけどなぁ!」
「俺達と最高の夜を楽しもうぜぇぇ!」
下衆どもが下衆らしい台詞を吐いていて、大きな溜め息を吐いた。おそらくこれが
おまけに、幸せなひと時を邪魔しただけではなく、ティリスを犯すつもりらしい。普通なら憤るところだ。しかし、相手は俺達である。彼らがどうなるのかは、先のレスラントや
「お頭に壊される前に……へっへっへ。最高の夜になりそうだぜ!」
「そうですか……それはきっと、最高の夜になるでしょうね」
舌なめずりをして男が近寄ろうとすると、ティリスが無表情でそう応えた。彼女はそのままゆっくりと立ち上がり、冷たい視線で賊を一瞥すると──
「絶望に満ちた蛆虫の首を並べてアレク様と眺めて一夜を過ごすのも、一興かもしれません。いかがでしょうか?」
無表情ではあるものの、ちょっとだけわくわくしているように声を弾ませてこちらを振り返る
いや、俺にそんな趣味はないのだけども……見たくないよ、さすがに。
「なぁに言ってやがんだこの女ぁ! さっさと犯して──」
そう声を荒げてとびかかってきた男に向けて、ティリスは人差し指をピンと弾くと──ブシュッと音を立てて、男の左肩が吹っ飛んでいた。まるで巨大な鉄槌を高速でぶん回したかのような威力を、人差し指を弾いただけで作りだしたのだ。男の悲鳴が夜の闇に響いた。
「片方だけでは不服でしたか? では、もう片方も」
彼女がもう一度指を弾くと、男の右肩も飛んだ。
「ひ、ひえ……う、腕、肩が……助け……助けて……」
男はそのまま涙を流しながら背を向けて逃げ出そうとするが、その際にバランスを崩して倒れてしまった。そして両手を失った状態では、もう立ち上がる事もできなかった。
芋虫のように這って逃げようとする姿は滑稽だった。どのみちあの出血量ではそう長くは持たないだろう。
「蛆虫に相応しい姿ですね。どうかそのみっともない姿で、残り少ない余生を楽しんで下さいね」
美しい魔族は無表情のまま冷たい声で言った。
そのまま背に生える蝙蝠の翼を広げ、ぶわっと賊どもを煽いだ。まるで突風に襲われたかのように周囲の賊は全て吹き飛ばされて、腰を抜かしていた。
もしかしてこれは……賊どもが俺に襲い掛からないようにする為に、敢えて吹き飛ばしてくれたのではないか。そんなところまで気を遣ってくれているのだな、ティリスは。
「な、何なんだよ……何なんだよこの女ぁ!?」
賊どもが悲鳴にも似た声を上げる。
「さあ……何でしょうか? 何だと思いますか?」
銀髪の
先程までは一糸纏わぬ姿だったのだが、いつの間にか普段の黒い服を纏っていた。魔力で服を再生させたのか、理屈はわからないが、戦闘時には本来の姿に戻るのかもしれない。
そうして、ティリスの虐殺が始まった。
◇◇◇
そこからはこれまで見た悲劇と同じ光景が繰り返されただけだった。
ティリスは翼を広げて逃げ惑う賊を追い上げ、手のひらで
たかだか賊風情が、高位魔族の
彼だけ致命傷を避けていたらしい。いや、敢えて生かされていたと言った方が正しいのかもしれない。
「1人だけ生かしておきました。アレク様、どうしましょう?」
男は両足・両手が使えないように折られており、命に別状はないが動けないという状態。恐怖で許しを請うような視線を俺達に向けており、もうこちらに反抗する意思もなさそうだった。
どうしてくれようか。少しの間だけ考えると、良い事を思いついた。
俺はティリスを連れて男の前まで移動すると、彼の目の前でそのまま彼女と口付けた。そのまま口付けを続けて、舌を絡ませていく。彼女と唾液と舌の感触を味わいながら、何が起きているんだと呆然としている盗賊の男の顔を横目で眺める。
強者だと思っていた自分達が、圧倒的弱者だと認識した顔……その顔が堪らなく、愉悦を与えてくれる。今まで奪う側だった彼らが、剣を握れず、逃げる事もできず、ただ絶望している。彼女との甘味な口付けも相まって、異様に昂ってしまった。
(奪って当たり前だと思っていた連中から奪ってやるのは、やっぱり最高だな)
ティリスの舌を味わいながら、ふと勇者マルスを思い浮かべた。
彼は常に奪う側だった。王族で、力もあって、およそ普通の人が欲しがるものを何でも持っていた。欲しいものは何でも奪えた。
そんな彼でも、奪われる側に回れば、この賊と同じように絶望するのだとうか。それを想像すると、それだけで胸がわくわくしてきた。
十分に舌を絡ませ堪能した後、ティリスの細い肩をぎゅっと抱き締めてやる。彼女もそれに応えるように、俺の首に腕を回してきた。
「な、何なんだよ、お前ら……何なんだよ……」
賊が理解できず、動く事もできず、ただ俺達を見ている。漂う死臭と強者の優越感、そして恐怖と自分の置かれている状況を理解できない困惑。色んなものが入り交じっているこの空間に、興奮を感じざるを得ない。
街道を埋める血の臭いと肉塊。賊の連中もこれまで散々見てきたはずだ。彼らがこれまでやってきた事を、やられただけなのだから。
助けを求めても、圧倒的な力と暴力でそれらをひれ伏し蹂躙し、女を襲い、男を殺してきたのだろう。そうした行いが己に還ってきているだけなのだ。
そして、おそらく……このような狂気に愉悦を感じている俺もまた、ろくな死に方をしないのだろうな、などと思うのだ。
紫紺の瞳に映る己を見て、俺は自嘲の笑みを浮かべるのだった。
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