計画

 俺とティリスが互いを求め合っている間、馬は大人しく草をもしゃもしゃ食べていた。

 だが時間を忘れてしまったせいで日が暮れてしまい、これ以上の移動が困難となってしまった。今更バンケットに行っても、出来る事はないだろう。あまりにも愚か過ぎる。

 彼女とのは、快楽に身を投じる、というのとは少し違う。彼女と結ばれていると、とにかく安堵感が得られるのだ。幸福感と言い換えても良い。その感覚を得たくて、何度も求め合ってしまうのだ。もしかすると、それは彼女も同じなのかもしれない。

 日が暮れた頃には、もう体が疲れ切ってしまい、動くのも億劫だった。転位魔法での移動は諦め、今は彼女の角や翼を触って遊んでいる。どうやら、結構くすぐったいらしい。

 それにしても、飽きないな、と思う。ティリスほどの絶世の女なら、いつまでも抱けてしまう。どれだけ肌を重ね合わせていても飽きないし、何ならこうして身を寄せ合っているだけでも幸福感で満たされるのだ。

 こういう経験を自分がしてみると、確かに、勇者マルスが女を囲って冒険したくなる気持ちもわからなくもなかった。彼の場合は幸福感というより、性欲と支配欲というものの方が強いのだろうけども。


「あ、なるほど。それいいな」

「どうしたんですか?」

「ああ、今ふとマルスへの復讐を思いついて」


 女と交える事しか能のない種馬勇者には、きっとこれが最大級の復讐になるかもしれない。むしろ死ぬより過酷な仕打ちだ。

 俺は思いついた内容をティリスに話した。最後まで聞き終えてから、彼女は喉の奥で笑った。


「アレク様も人が悪いですね。でも、勇者には最高の仕置きになるかと思います。私の分野ではないですが、その程度の呪術なら難しいものではないので」


 私でもできます、と上位魔神ティリスは付け足した。

 今回俺が思いついた復讐は、夢や暗示を用いる。直接的に攻撃するのではなく、勇者の精神を壊していこうと言うのだ。

 しかし、彼女から呪術の方法について聞いてみると、俺は「ううむ」と言葉を詰まらせてしまった。


「……どうかなさいましたか、ご主人様マスター? とても良い案だと思いますけど」

「いや。さっきの話からすると、マルスがお前に触れることになるんだろ? それがどうにも、考えただけで虫唾が走ると言うかなんというか……」


 俺が考えた作戦は勇者マルスから男の尊厳を奪うというものだ。

 もちろん、わけではない。男としての機能を奪い、女の中で快楽を得るということが金輪際できなくするだけだ。そして、彼に悪夢を見せ続ける。眠りにつく瞬間に夢をふと思い出して、寝る事が嫌になる……俺が味わっている呪縛を、彼にも与えてやりたいと思ったのだ。

 それ自体は彼女の呪術で可能だというのがわかったが、その方法にちょっと問題があった。ティリスが言うには、その呪術を用いるには、彼女が相手の体に触れなくてはならないという。そして、その上でマルスがティリスに触れる事で、発動するそうだ。

 マルスを絶望させるためには彼女の呪術が不可欠なのだが、あいつの穢れた体に彼女が触れなければならないと思うと、怒りが湧いてくる。

 

「ティリスがあいつに触れるのも、触れられるのも耐えられないよ」


 今の俺にとって、何よりも大切なのは彼女だ。その彼女が、例え一瞬でもあの勇者に触れたり触れられたりする事に耐えられない。それだけで彼女が穢れてしまうのではないか、という錯覚に陥るのだ。

 それにしても、自画自賛の作戦の最大の難点が俺自身の気持ちとは笑い話にもほどがある。これはだめだな、と諦めようとしていた時、そっとティリスが俺の手を握ってきた。


「大丈夫ですよ、アレク様」

「いや、でも……」

「触れると言っても、手のひらでとんと触れるだけですから。それに、夢の中で私の体に触れた瞬間にその〝呪い〟は発動します。私にどうこうなんてできませんし、させません。それに……」

「それに?」

「前も言いましたけど、私に自由に触れていいのは、ご主人様マスターだけです」


 彼女は少し照れたように笑って付け足した。

 そうして見つめ合って……また、俺達は互いの口を塞ぎ合う。

 街道から少し外れた森の中に、舌と舌が奏でる卑猥な水音だけが響き渡った。先ほど着たばかりの服をまた脱がせて、そっと客車に彼女を寝かしつけた。

 改めて彼女を見ると、感嘆の声を上げたくなってしまう。そこには、人の域を超え、神が生み出したとさえ思えるような絶世の美少女が、一糸まとわぬ姿で横たわっていたからだ。


「だめですよ、アレク様……。もう野営の準備もしないと……」


 改まってじっくり見られるのが恥ずかしかったのか、彼女は両手でそれぞれ胸部と鼠径部を隠して、体をねじらせている。変に隠そうとされる方が、こっちとしては興奮してしまうのだけれど。


「わかってる。でも、もうちょっとだけ」

「ほんとに、ちょっとだけですよ……?」


 脱がせた時には何も抵抗しなかったくせに、よく言うなと思う。 

 彼女の言葉に頷いて見せてから、俺達は、飽きもせずまた一つになった。こうして性懲りもなくまた続けてしまうのは、彼女とそうしていると、どうしようもない幸福感に身体が支配されるからだ。

 しかし、今日という一日は、それだけでは終わらなかった。

 事を終えて、彼女を抱きしめながら余韻に浸っていると……外で物音がした。

 馬車の外には、10人ほどの男の姿があったのだ。

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