聖女ラトレイアと解せぬ女心
聖女ラトレイア──彼女は、ルンベルク王国の国教・テルヌーラ女神教の教皇より認定された由緒正しき〝聖女〟だ。青い髪と青い瞳が印象的で、女神テルヌーラの生き写しと崇められているほどの美女でもある。
もちろん、彼女が聖女と讃えられるのは、美しいからだけではない。治癒魔法や聖魔法の能力がずば抜けて高いのだ。彼女の
これが、彼女が孤児院の出にも関わらず、若干20歳という若さで〝聖女〟に認定され、〝ルンベルクの奇跡〟という異名をも持つ所以である。聖女とは、テルヌーラ女神教の中では〝
「だけど、あいつは全くもって女神の生き写しじゃない。ラトレイアの本性は、その真逆だったよ」
「真逆?」
今彼女は、人化の術を解いて、元の魔神としての姿でいる。街道と言っても、今は村からだいぶ離れた場所なので、あまり人とすれ違う事もないからだ。無論、村が近づいてきたり、人影が遠くに見えたら人化の術を用いる。いくら俺がテイマーだと言っても、魔族を連れていては、話がこじれそうだからだ。
「ああ。あいつの中身は聖女でも何でもなく──ただの性悪女。むしろあいつこそ魔神なんじゃないかと思うよ」
俺は馬車馬を手綱で操りつつ、ティリスに聖女について教えていた。聖女ラトレイアがどんな人族なのか知りたい、と彼女が訊いてきたからだ。
「……?
彼女は馬車の客車から御者席に身を乗り出し、不思議そうに首を傾げている。その仕草が可愛らしくて、思わず頭をくしゃくしゃと撫でたくなるが、今は真面目な話をしているので我慢だ。
「ああ、そうだな。表じゃいつもにこにこしているが、裏のあいつはただの馬糞だ。口汚く俺を罵り、面倒ごとを押し付けて勇者のご機嫌を取って、正妻を気取る……くそ! 思い出したらどんどん腹が立ってきた」
俺達は
今更バンケットまで行くとは、なかなかに度し難いな、とも思った。確かマルスは、俺を追放する前、ルンベルク王国東部領土にいる魔竜を倒しに行くと意気込んでいたはずである。今更引き返して、バンケットに行くとも考え難かった。
おそらく、バンケットに行くのはマルスの意思ではない。彼の父・ルンベルク王国国王の意思が働いているのか、或いは聖女ラトレイアが彼に強くそう訴えかけたか……いずれかだろう。
マルスとて、ゆくゆくはルンベルク王国の王位を継ぐ立場だ。テルヌーラ女神教に恩を売っておきたいのだろう。王子という立場で勇者も兼任していては、色々面倒な事も多いらしい。
「全く……どいつもこいつも私利私欲で動いていて、嫌になるな」
そう吐き捨てるように言いながら、俺は馬車馬を操り流れる風景に目をやった。人族の心の中は私利私欲に溢れて汚れているが、馬車から眺める田園の風景は綺麗だった。
同じ景色を見たいからか、ティリスも御者席に出て、俺の横に座った。隣に銀髪の美しい女が座っていると、美しい景色はより一層美しくなった。
商人から服を貰ってからだろうか。いや、レスラントの一件からかもしれない。真相はわからないが、ティリスは人族の女について色々訊いてくるようになったのだ。
人族の女がどういった考え方をしていて、どんなものを食べるのか。そして人族の男はどんな女が好きなのか、どういったものが可愛いと思うのか、など、何故か最近彼女はそういった俗世の事ばかりに興味を持つ。
聖女ラトレイアについて彼女が訊いてきたのも、その会話の流れからだった。
「それで……どうしてラトレイアの事を?」
訊くと、銀髪の有翼少女は顔を赤らめ、慌てて俺から視線を逸らした。
「な、何でもないです。少し気になっただけ、というか」
「……? 何か思うところがあったのか?」
「えっと……その」
ティリスがもじもじとして視線を逸らし、人差し指で御者席の板を木目に沿ってごしごしこすっている。
「どうした? 言ってみろ」
そう言うと、ティリスは上目を遣って責めるように俺を見てくる。
「……聖女として称えられていて、人族が綺麗だと思う人が、どんな人か気になっただけです」
「なんで? 人族の事とか、あんまり気にしてなさそうだったけど」
「そ、それは……ッ」
あたふたとして、言葉を詰まらせるティリス。一体どうしたと言うのだ。
「あんまり……言いたくありません」
そして、赤く染まった頬を隠すように俯いて、ぽそりと言う。
「……? まあ、言いたくないならいいけど」
そう言ってやると、ティリスはちらりと俺を見て、目が合うや否や、慌てて顔を伏せていた。
テイマーでも、女心はやっぱりわからないな、と心の中で嘆息するのだった。
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