レスラントの悲劇②
彼女が目をカッと見開いた瞬間、正面の兵士の顔がいきなり破裂した。もう、これが魔術なのか妖術なのかすらわからない。
そして彼女は、触れる事もなく手刀でスパスパと人を斬った。鎧など全く意味がなく、彼女が腕を振るえば鎧ごと両断し、彼女が手のひらを握れば、触れていなくても顔ごと潰れる。
あまりに猟奇的で圧倒的なその力に、俺は言葉を失った。少なくとも俺の知っている魔法ではない。
「ヒィッ……! な、なんなんだこの女は!」
「こいつ、魔族か!?」
「山羊の角に蝙蝠の翼……ま、魔神だぁっ!」
中には魔物の知識があり、
兵士たちが口々に絶望の声を上げるが、もちろんティリスは聞く耳を持たない。誰も彼女に近付けず、近付く前にその生を終えていた。剣を振りかぶった頃には両腕と胴体は離れており、槍で突き刺そうとした頃には顔がなくなっていた。
その鬼神の如き強さを見ていて、俺はようやく納得する。
(……ティリスは本当に
この光景を見て、俺は本当に
俺がこれまで見てきた彼女は、確かに角や翼はあるけども、何度も口付けをせがんできて、少女のような幼さも併せ持っている可愛らしい女の子だった。町に移動する間も物欲しそうにこちらを見上げてくるので、キスをしてあげると、それだけで嬉しそうにはにかむ。そんな、普通の可愛らしい女の子だった。
それらが一変して、今は魔神に相応しい姿であった。
もともと
魔族の事はよくわからないし、ティリスも自分の事を多くは語らない。もちろん、<ネームド・テイマー>の能力を用いれば、強制的に話させる事は可能だ。彼女は俺のサーヴァントなので、命令には逆らえない。
しかし、それはなんだか不公平な気がした。確かに彼女はサーヴァントだが、俺は彼女を対等な存在として扱いたいと思っている。それは……俺がティリスを、一人の女として見ているからだろう。
(まさか、魔王の一族だったりして)
まさかな、と思う。ただ、この強さを見ていると、あながちそんな気もしなくもない。
まあ、彼女が今戦っているのは、ただの警備兵だ。これが冒険者や手練な騎士となれば、こうも圧倒的な戦況にもならないだろうとは思う。
しかし、例えば、マルス達は彼女と戦えるだろうか。俺がマルスのパーティーに居た時に
どうにも、この戦いぶりを見ていると、生き残れる気がしなかった。
──ティリスが味方でよかった。
まるで紙を裂くように兵士を真っ二つにしている彼女を見ていて、俺は改めてそう思ったのだった。
◇◇◇
気付いた頃には、50いた兵士は半分近く減っていた。
「きゅ、弓兵! 矢を放てぇ!」
固まっていては不利と見た兵士たちは一気に散り散りになって、後方にいた弓兵5人がティリスに向けて一斉に矢を放った。
「なんですか、これは?」
ティリスは呆れたように息をふっと吹きかけると、その矢が全て力なく地面に落ちる。空間を変えたのか、風向きを変えたのかはわからない。ただ、彼女には矢すら届かないという事だ。
「た、退却! 退却ー!」
隊長らしき者が声高に叫ぶ。
「逃がすわけ──ないじゃないですか」
ティリスはそう呟いて、お構いなしに一気に距離を縮めて、一人一人を屠っていく。
そう、ティリスには翼がある。距離をおいたところで、一気に縮められて、彼女の手刀で真っ二つにされてしまうのだ。矢を放とうにも、彼女には矢すら届かない。兵士ではどうする事もできないのだ。しかし、兵士もバカではない。なるべく殺されないように散り散りに逃げたり、建物に隠れたりしている。
見ていてわかったのだが、ティリスが空を斬ったり潰したりできる距離には限界があるのだ。本人に聞いたわけではないが、見ている限り、おそらく半径5メルト程度だろうか。それよりも離れれば、彼女の攻撃は避けられるのだ。彼女の能力も無敵ではないという事だ。おそらく兵士達も散り散りに逃げた事でそれに気付いたのだろう。
そのうちの一人が、俺の近くにある教会に逃げ込んだ。ティリスは、それを見て小さく舌打ちをしていた。
「塵の分際で……」
ティリスは手のひらを教会の方に向けたかと思うと……
周囲の悲鳴はより大きくなり、火花と黒い煙がレスラントの空を覆っていた。
「……嘘だろ?」
屋根ごと崩れ落ちて燃え盛る教会を唖然として見ながら、俺はそう言葉を漏らした。
<
「こいつは……こいつはすごいぞ……!」
銀髪の美しい魔族は、兵士が逃げ込んだ建物に向けて<
悲鳴と共に町を壊滅させていく様を見て、俺は興奮を隠しきれなかった。
彼女の空間を操る能力──なのかどうかはわからないが──は、距離を空けられれば対処されると思ったが、距離を空ければこの魔法の連射である。俺が見る限り、完全無敵だった。彼女の力を以てすれば、国でさえも滅ぼせてしまうのではないか、とすら思えた。
勇者マルスのパーティーも強かった。マルスだけでなく、剣聖・賢者・聖女それぞれの力も凄まじく、敵無しのようにも思えた。しかし、ティリスの強さは、その比ではない。彼女の力は、まさしく鬼神とも言うべきものだろう。
ティリスの圧倒的な力の前に、俺は興奮を隠せなかった。
あの俺が……あの落ちこぼれテイマーだったこの俺が。
彼女の圧倒的な強さと残虐性に惚れ惚れとして胸を高鳴らせてる時、俺は自分の中に、これまでになかった残酷性と悪魔性が芽生えつつある事を自覚していた。
だが、そんな自分を冷静に見ているもうひとりの自分もいた。そして、もうひとりの自分が俺に問い掛けてくるのだ。
『弱かったお前が力を得てしたかった事は、こんな事だったのか?』
わからない。常に奪われる側だった俺は、奪う側の気持ちがわからない。力を持っている者の気持ちなどわかるはずもなかった。
彼女の圧倒的な力は爽快で、奪う事の快楽は確かにあった。しかしその反面、どことなく虚しい気持ちを抱えているのも、また事実だった。
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