レスラントの悲劇

 やはり、注目を集めてしまうらしい。町中の者が俺達を見て、ひそひそ話をしている。

 今俺達はレスラントという町の広場のど真ん中で、真昼間から上位魔神ティリスと舌を絡ませ合っていた。

 ティリスは、今は魔法を使って人族の女に化けている。と言っても、角と翼を隠して、人族の服を着ているだけだ。

 人族離れした──人族ではないので当然ではあるが──美貌を持つ女が、俺のような冴えない男とこうして白昼堂々口付けているのだから、さぞかし信じられないものを見ている光景だろう。

 優越感が凄まじくて、最高の気分だった。ティリスは俺の女で、しかも俺を絶対に裏切らない。こんなに良い気分な事があるだろうか?

 その美しい銀髪を撫でると、彼女は愛おしそうな視線をこちらに向けて、抱きついてくる。完全に痛い二人組だ。

 さて……なぜ真昼間からこんなをしているのかというと、もちろんただティリスの可愛さを見せつけたいだけではない。半分は思いつきで、半分は作戦だ。

 レスラントは俺が昨日マルスからパーティー追放を宣告された場所だ。まだあれから日が経っていないので、彼らがいるかもしれないと考えたのだ。しかし、その狙いは外れて、どうやらあの直後に彼らはこの町を発ってしまったらしい。しかも、それ以降の行方がわからなかった。

 どこに行ったのかもわからず、街中には情報もなかった。なかなか探すのも面倒な状況だ。これなら、マルス達に俺達を見つけてもらった方が早い。その為には、とにかく目立つ必要があると考えた。

 まだ彼らが近くにいるなら、俺達がを起こせば、戻ってくるのではないか、と予測したのだ。

 そこで、まず俺達はレスラントの町長はどこにいるかと、とにかく色んな町人に訊いて回った。中にはあっさり居場所を教えてくれた奴もいたが、町長の居場所が知りたいのではない。あくまでも目立つ事が重要だと思えた。

 そこで、この人族離れした美貌を持つティリスだ。

 レスラントはそんなに大きな町ではない。ルンベルク王国領北部と王都を繋ぐ経由地ではあるが、レスラント自体は小さな町だ。そんな小さな町で、明らかに町の者ではない、しかも人族を超越した儚い美しさを持つティリスと、冴えない男こと俺(自分で言うと悲しくなってくるが)が町長の居場所を聞いて回っていれば、嫌でも目立つ。

 そして、散々訊いて回ってそろそろ十分目立った頃、俺達は町の中心にある広場に来た。

 さて、どうせならもっと目立ってやろう──そんな事を言って、半分冗談で提案してみたのがこの町中広場での口付けだ。

 これには冗談以外にも、本当にティリスが俺の要求に従うのか、試してみたというのもあった。彼女は「ご主人様マスターの御心のままに」とふざけているのか真面目なのかわからないような答え方をして、俺の首に腕を巻き付け、口付けてきた。それが今のこの状況である。

 こんな町中で恥ずかしくないのかと訊いてみたところ、


「人族なんて私にとっては草木と同じです。いてもいなくても問題ありません」


 だそうだ。それはそれで酷いなと思うが、上位魔神グレーターデーモンからすればそうなのかもしれない。


「それに、私がアレク様の命令に背くはずないじゃないですか」


 うっとりとした笑みを見せて、ティリスは嬉しそうにまた口づけてくた。

 もっと恥ずかしがると思ったのだが、夜通し散々唇と体を重ね合わせた事で、彼女はどうやら色々らしい。昨晩まで経験がなかったくせに(俺もだけど)、たった一晩でえらく変わってしまったものだ。

 ただ、それは俺も同じだった。彼女との口づけはどんな果実酒よりも甘いので、延々と続けたいと思ってしまう。

 そうして続けて暫く経った頃だろうか。遂に俺達に話しかけてくる連中が現れた。


「銀髪でこの世の者とは思えぬ美人に冴えない男の二人組……お前らだな? 何の目的で町長を探っている?」


 王国から派遣された町の警備兵二人組だった。

 俺達が散々訊いて回っていたせいで、怪しんだ警備兵が俺達を探しにきたのだろう。

 そう、俺はこれを──冴えない男というのは余計な一言だが──待っていたのだ。

 しかし、彼らを無視して、俺とティリスはお構いなしに舌を絡ませている。何なら服の中に手を滑り込ませて、その柔らかい果実を触っている。色っぽい艶やかな声が彼女の口から漏れた。


「おい、お前ら! 何が目的だと訊いている! いい加減にしないか!」


 俺達に無視されたので、カチンときたのだろう。もう片方の兵士が怒号を飛ばした。


「なあ、ティリス……あいつ、うるさいな」


 ティリスは黙ったまま頷いた。


「ちょっと黙らせてくれないか?」


 ティリスは俺への口づけを続けたまま、片手をその兵士の方に向けて、手のひらを広げた。


「……? なんだ? ふざけるのはやめに──」


 兵士が怪訝に首を傾げているが、お構いなしに近付こうとした時に……美しい銀髪の女は、開けていた手のひらをぎゅっと握った。


 ──グシャッ。


 その瞬間何かが潰れる音がした。

 ふと兵士の方を見ると……兵士の頭が兜ごと、まるで四方から岩に押しつぶされたかのように、グシャグシャにつぶれていた。兜も頭蓋骨も粉々になっていたようで、羊皮紙のようにペラペラだ。

 広場の一帯は兵士の血で一気に赤く染まっている。頭を無くした兵士の体はヨタヨタと数歩歩き、そのままどさっと倒れた。

 その瞬間、あたりに悲鳴が響き渡った。


「き、貴様、今何を!?」


 一瞬にして亡き者になった同僚を見て、慌ててもう一人の兵士が抜剣し、構えた。

 上位魔神ティリスは横眼でちらっとだけ彼を見ると、手のひらを手刀のように真っすぐ伸ばして、くうをスパッと斬った。

 次の瞬間──兵士の胴体が、地面にぼとりと落ちた。

 くうを斬りだけで、両足を胴体から斬り離したのだ。彼女が何をしたかなど、もちろん俺にはわからない。空を掴み、空を斬っただけにしか見えなかった。彼女には空間を操る能力でもあるのだろうか?

 兵士は自分の視点がいきなり下がったのが理解できなかったのか、困惑したようにあたりを見回した。そして彼は……横にパタリと倒れた自分の下半身を見て、絶望の声を叫んだ。

 兵士の断末魔の叫びと、周囲の悲鳴は同時だった。一気にあたりは混乱して、人が広場から離れようとしている。

 腕だけじたばたとさせている兵士がうるさかったのか、彼女はもう一度手刀でくうを斬り、首をごろんと落としていた。


「凄いです、アレク様。こんなにも力が上がるなんて思っていませんでした……やっぱり、アレク様は最高のテイマーですね」


 彼女は俺の頬に口づけてから、自らの手をうっとり眺めた。


「〝ネームド・サーヴァント〟の覚醒か」


 ティリスの銀髪を撫でながら、朽ち果てた兵士を眺めた。

 スキル<ネーミング>の効果は、ただサーヴァントを絶対服従させるだけではない。名前を与えられたサーヴァントは〝ネームド・サーヴァント〟となり、力を何倍にも引き上げるのだ。

 もともと強力な力を持つ上位魔神グレーターデーモンの彼女に、<ネーミング>の効果が加わり、〝ネームド・サーヴァント〟となった。もはや彼女の力は人の及ぶところではない。

 もしかすると、これは上位種の魔神将アークデーモンや魔王軍幹部クラスの力があるのかもしれない。今の力を見る限り、1個中隊程度であれば、彼女一人でも滅ぼせそうだ。


「なあ、ティリス。俺はもっとお前とこうしていたいのだが……ちょっと見物客が多すぎるな」


 気付けば、俺とティリスを囲むように、およそ50人ほどの兵士が集まっていた。おそらく、この町の警備兵ほぼ全員といったところか。

 兵士達は怯えた様子でそれぞれの武器を構えながら、俺達と距離を測っていた。


「……そうですね。少しだけお待ち下さい」


 ティリスは俺にもう一度口付け、そのまま舌を絡ませた。名残惜しそうに唇を離すと、ぺろりと自らの唇を舐める。

 物欲しそうな、そして切なげな視線を俺に送ってくる。


「あの……」

「ん?」


 ティリスがなんだかもじもじとしている。どうしたのだろうか。


「早く片付けたら、続き、してくれますか……?」


 顔を赤らめながあ、紫紺の瞳を上目で覗かせて訊いてくる。

 絶世の美少女の甘えるような上目遣いに悶え死にそうになりつつも……視界の端には惨殺された死体が2つ転がっていて、更に50人ほどの兵士に囲まれている。なんだ、この状況は。


「ああ、もちろんだ」


 そう答えると、ティリスはまるでおもちゃを買ってもらえた子供のように、嬉しそうに顔を綻ばせた。


「では、すぐに片づけてきますねっ」


 まるで家事でも済ませてくるような言い方で、嬉しそうに声を弾ませている。

 彼女は踊るように兵士たちの方を振り返ると……抑えていた妖気を解放した。妖気を解放すると同時に、彼女を中心に魔力の突風が生じて、周囲の家の窓ガラスが一気に割れる。

 次に彼女を見た瞬間、人族の美しい女の姿はなく……山羊の角と大きな蝙蝠の翼を持つ上位魔神グレーターデーモンがいた。

 彼女は大きな翼を広げ、宙に浮かび上がった。

 紫色の妖気を身に纏わせたティリスは、嘲笑を浮かべながら兵士たちを見つめていた。その眼差しは先ほどまで俺に見せていた慈愛に満ちたものではなく、見る者を底冷えさせるような冷たい眼差しだった。


「さあ、愚かな人族よ。私とアレク様の時間を邪魔した罪……どう償って頂きましょうか?」


 そこには、先程までもじもじしていた大人しくて可愛らしい女の子ではなく……美しく恐ろしい魔神がいた。

 そしてこれから、この警備兵たちは束の間の地獄を味わう事になる。そう、束の間だ。彼らの命は、もはや豪雨の中に立てられた蝋燭の灯同然。生命の灯を保つ手段は、何一つとしてなかった。


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※こちらの部分につきまして、一人称三人称という形式だけでなく、書籍版とは内容が大きく異なります。

詳しくはこちら。

https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/1177354054894982495

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