悔恨の涙
「はい、私の話はこれでおしまいです。今度はアレク様の番ですよ?」
ティリスが首を傾げ、にっこりとした笑みを浮かべた。いちいちその動作が愛らしいので腹が立ってくる。
まだ終わっていないと思うのだが……彼女が今はまだ話すべきか迷っているというのであれば、今はそれで良い。それに、彼女が何故俺にテイムされ、〝ネームド・サーヴァント〟になりたがったのかは理由がわかった。とりあえず、今はそれで十分だろう。それに、これ以上わけのわからない事を聞かされると、頭がおかしくなってしまいそうだ。
「俺の番って、何が?」
「こんな夜中に、憎しみと悲しみを抱えて、たった1人で野宿をしていた理由、です」
あえてすっとぼけてみたが、確信を突いて訊いてくる。
魂で繋がってしまっているせいか、俺が何かしら事情があって、1人になっていた事がバレてしまっていたようだ。
「このあたりの魔物はおとなしい方だと思いますけど、さすがにここで寝ていたら襲われてしまいますよ?」
じっと、俺の目を紫紺の瞳で見据えてくる。それは言い逃れや誤魔化しは許さない、とでも言いたげな視線だった。
全く……サーヴァントなのにマスターの逃げ道を無くすんじゃない。
「あんまり言いたくないんだけどな。かっこ悪いから」
「そんな事思いません。私は……アレク様の事をもっと知りたいです」
そう言われると、更に言い逃れができない。俺は小さく溜め息を吐いて、彼女に全てを話した。
幼馴染であるシスター・シエルと一緒に冒険者をしながら別の仕事もして、将来の為にお金を貯めていた事。冒険者としては未熟で趣味みたいなものだったが、それでも充実した日々を送っていたこと。
そこにルンベルク国王子にして勇者マルスが現れて、シエルと一緒にパーティに誘われた事。才能のなかった俺はパーティ内でお荷物になり、散々勇者や他の女達から虐げられた事。好きだったシエルを勇者に奪われた事。俺をパーティーに入れたのは、シエルが狙いだった事。そして、シエルを手に入れるや否や、邪魔者扱いされて追放された事。恥ずかしい事を含めて、全て彼女に話した。
「アレク様は……その、シエルという方の事が好きだったんですか?」
全てを話し終えると、ティリスがやや複雑な表情をしていた。彼女からすれば、今俺に対して己の命を捧げて散々愛し合った後なわけで……その状態で俺の失恋話を訊くのも、確かに気持ちの良い話ではないだろう。
いや、まあ……ティリスには言いづらかったから、話したくなかったのだけれど。
「……ああ、そうだな。物心ついた頃から一緒にいてさ、家族みたいな存在で、ずっと一緒にいれるように頑張ってきたし、一緒にいるのが当たり前だったからさ」
ああ、ちくしょう。やっぱり話さなければよかった、と思った。
話し始めると、シエルと過ごした日々が蘇ってくる。そして、最後の瞬間と、隣の部屋から聞こえた彼女の嬌声まで脳裏に蘇ってきてしまう。
想い出したくないのに。今、俺はティリスと結ばれて幸福感で満たされていたはずなのに、どうしてもそれを過ぎ去った事として割り切れない。
「きっとずっと一緒にいるんだろうなって思っててさ。それが勇者に簡単に奪われて……でも俺に力がなかったから……俺が勇者より強ければこんなことには……」
「アレク様……」
気付けば涙が流れていた。悔しくて、惨めで、そんな自分が赦せなくて泣いていた。シエルとのたくさんの想い出が頭の中で蘇っては、消えていく。もう俺が描いていた未来が消えてしまった事を、改めて実感してしまった。
「こんな話聞きたくないよな。ごめん、ちょっとすればきっと止まるから」
さっきあれだけ愛してくれた女の前で失恋の涙を流すなど、失礼にも程がある。
そう思って涙を拭い、無理に笑みを作ろうとしたら……ティリスはそんな俺を抱き寄せ、頭を優しく撫でてくれた。
「大丈夫です……アレク様。アレク様には、私がいますから」
彼女はそう耳元で諭すように囁き、俺の頭を自分の胸に抱き寄せた。
不思議だった。彼女は俺のサーヴァントで、俺が使役する立場にあるはずなのに、彼女の胸の中が一番俺を癒してくれている。
「こんなよくわからない女から言われても嬉しくないかもしれませんけど……でも、アレク様は独りじゃないです。だから、泣かないで下さい。アレク様が泣いていたら……私も悲しくなってしまいます」
言いながら、彼女は何度も何度も優しく髪を撫でてくれた。
その真っ白で穢れのない肌に包まれていると、ふと記憶の彼方の幼い頃に戻ったような気がした。辛いこと、悲しいことがあればいつも優しく包んでくれた、もうこの世にはいない母親の胸の中……彼女から、そんな暖かさを感じていた。
「よくわからない女なんて言うなよ。俺にとっては……きっと、今お前がここにいてくれるから、こうして素直に泣けてるんだからさ。だから、あとちょっとだけ、泣かせてくれ」
「アレク様……はい」
ティリスは優しくそう言うと、俺の頭をぎゅっと抱き締めた。
彼女の白くて滑々な肌に吸い寄せられ、そして彼女の温かみが俺を包んでくれた。
さっき、彼女は俺に助けられたと言ってくれた。
でも、助けられたのは彼女だけじゃない。俺も今彼女がいる事で、救われているのだ。
そんな優しい彼女の胸の中で、もう少しだけ甘えさせてもらう事にした。
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