彼女の名前は
「
嗚咽が少し落ち着いた頃、愛おしい魔神がそう切り出した。
「なんだ?」
彼女の涙を指で拭ってやりながら、訊いてやる。
「私に〝名〟を与えて下さい」
「……本気で言っているのか?」
彼女の申し出に、俺は正気を疑った。
スキル<ネーミング>とは、テイマーが使役するサーヴァントに名前を与える事。それは、彼らにとっても簡単に容認できるものではないはずなのだ。
魔物とてこれまでの人生(というのかは知らないが)と、親から与えられた名前がある。しかし、<ネーミング>を受けるという事は、それを捨てるという事になるのだ。すなわち、これまでの魔物としての生を捨て、完全に俺に支配される事を意味する。
<ネーミング>を受けると、俺との繋がりが増して力を何倍にも引き上げられる反面、俺には絶対服従を強いられる。俺の命令には何ひとつ逆らえなくなり、契約の解除も申し出られなくなるのだ。これは奴隷契約に等しく、よほどの信頼関係がないと、サーヴァント側が承知しないと言う。俺の師でもある職業ギルドのマスターですら、サーヴァントへの<ネーミング>は行った事がないと言っていた。
これはサーヴァントとテイマーの絶対的信頼関係があってこそ成り立つのだ。そして名を与えられたサーヴァントは、上位の〝ネームド・サーヴァント〟となる。〝ネームド・サーヴァント〟になれば、強さは以前の何倍にもなると言われているが……実際どの程度強くなるのかはわからない。
「はい。私はあなたに全てを捧げます。ずっと……そう決めていましたから」
わけがわからなかった。
彼女が<ネーミング>に同意しているという事は、俺に完全に逆らえなくなるという事である。そうなれば、契約解消どころか、俺の意思に反する事は何一つできなくなる。自己決定権を全て無くすという事なのだ。最悪、俺に死ねと命じられたら自害しなければならないのである。
ただ、きっと、俺と彼女の間には何かあるのだろう。そうでないと、彼女がここまでするわけがないのだ。
そして、名前……彼女はこれまで一度も自らを名乗っていない。それはおそらく元々名乗る必要性がなかったからではないだろうか。俺と再会した時点で、彼女は最初から名を捨てるつもりでいたという風にも考えられる。
どこまで見越していたのかはわからないが……彼女は、俺達が出会った瞬間から、いや、もしかするともっと前から、そう決めていたのかもしれない。
「わかった。お前に名を与えよう」
美しい女悪魔の頬を撫でて、俺はスキル<ネーミング>を唱えた。
「お前の名前は……ティリス。このアレクのサーヴァント・ティリスだ」
そういうと、美しい魔神──いや、ティリスは、涙を流して、頷いた。
ティリスとは、『
「私はティリス……あなただけのサーヴァント。この身を以て、
そう繰り返して、ネーミングスキルを受け入れた瞬間、俺とティリスの心が、見えない光の線で繋がった。これで彼女の完全服従が決まった事になる。
「アレク様……」
「なんだ、ティリス」
まるで恋人を呼ぶかのように甘い声で互いに名を呼んでいた。
初めて彼女の名を呼ぶはずなのに、不思議とその名前はしっくりときた。
「お慕い申し上げております。私は……あなたが生まれる前から、ずっと」
はらりと、ティリスの頬を涙が伝った。
一体、俺と彼女の間に何があったのか、はっきり言って全くわからない。俺が彼女と会ったのは、間違いなく今日が初めてなのだから。
だが、
ティリスは頬を赤らめ、紫紺の瞳を潤ませていた。まるで俺を乞い求めているかのようだった。
彼女は果てて間もない俺を抱き締め、そして締め付けた。
どうしようもなくそんな彼女が愛しくなって、唇を重ねる。
結局そのまま明け方まで、俺とティリスは身体を溶け合わせていた。
彼女は終始幸せそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。