契約成立
それにしても、この状況……何か幻術でも見せられているのだろうか。今、俺は魔物と交わろうとしているのだ。しかも、存在すら幻のような
殺されない為なのか、契約の為なのか……自分でもわからない。ただ、ここまでくると腹をくくるしかない。本能のまま、彼女の新雪のような柔肌に触れ、綺麗に実った果実を優しく手のひらに収めていた。
互いに互いを慰め合いながら、何度も唇を重ねて、舌を絡めている。契約の為、というよりも、途中からはまるで本当に愛する男女のように、互いを求め合っていた。唾液が混じり合う音と、快楽に悶える彼女の声だけが、夜の闇に小さく響いていた。
俺は生まれてこの方シエル以外を好きになった事がないので、女を知らなかった。初めてを知る女が、この世のものとは思えないほど美しくて、でも支配階級の魔物で、しかも名前も知らないとくれば、もう狂っているとしか思えなかった。
「その……もしかして、初めてですか?」
彼女は肩で息をしながら、唐突に訊いてきた。
俺が無言で頷くと、少しだけ嬉しそうにして「私もです」と言っていた。それは少し意外な回答だった。魔族なのだからきっと俺より長く生きていると思える上に、それだけ美しい容姿を持っているなら、尚更だ。魔族と人間では容姿の評価基準が違うのだろうか。
いつからか、抜けていた腰も元通り動くようになっていた。
彼女と場所を交代して、俺がさっきまでへたり込んでいた敷物に、ゆっくりと寝かせる。
「⋯⋯翼、痛くないか?」
訊くと、彼女は無言で頷いた。自分でも変な事を訊いているなと思うのだが、背中より下にあるのが翼なのだから、そう訊かざるを得ないだろう。
彼女はとろんとした目をしながら、まるで俺を求めるかのように、舌を出していた。その舌に吸いつくと、自然と舌と舌が絡まり合って、彼女の唾液が俺の中に入り込んでくる。それはまるで果実酒のように甘く、どんな火酒のよりも、心を焦がした。
気付けば、互いに抱き締め合っていた。その瞬間、とてつもない安心感が俺の中で芽生えていた。人族と魔神、テイマーと魔物、そういった関係などどうでもいいように思えるほどの安らぎがあった。
(何なんだろうな、これは……)
どうして見ず知らずの、しかも魔物の女の子と出会ったその日にこうして情事に及んでいるのか、自分でも状況が全く理解できていない。
しかし、それでも……俺は、この時を、ずっと待っていたように思うのだった。
俺達は頷き合い、互いの意思を確認してから、契りを交わした。交わった瞬間、この世のものとは思えないほどの快楽が襲ってくる。
これが俺の正真正銘の初めてだった。そして、それは同時に──彼女にとっても初めての事だった。
予想通りなのか予想外なのかわからないが、彼女はかなり苦痛に耐えている様子だった。
きっと俺が何をしても、どんな攻撃を加えても彼女には傷一つ負わせられないほど戦力差があるはずなのに、これでは痛みを感じるんだな、等と冷静な事を思いつつも……あまりの快楽に、一瞬で果てそうになっていた。でも、もっと味わいたい。もっとこの快楽に身を委ねたいと思ってしまう。
苦悶に耐えながら、美しい魔神が教示した契約成立の条件とは『そのまま彼女と身も心も通わせる事』だった。
そんなバカな、と思ったが、初めての快感と、愛おしい悪魔のせいで、我慢できるわけもなく──それからほどなくして、果ててしまった。
そうして彼女と心身ともに通わせた瞬間……俺の胸と彼女の胸が光の線で繋がった。
「嘘、だろ? 契、約……成立……?」
これは、魔物がテイマーと契約を結ぶ──すなわちサーヴァントになる──時に生じる証だった。
信じられないが、ゴブリンですら使役できなかった落ちこぼれテイマーのこの俺が、魔神の彼女をサーヴァントにしてしまったようだ。
「……信じてくれましたか?」
彼女は幸せそうな笑みを浮かべて、俺を優しく見つめてくれていた。あまりに愛おしくて、俺は彼女を魔神だとは思えなくなっていた。
「信じるも何も……信じるしかないだろ」
そう言うと、彼女は「ですよね、すみません」と困ったように笑っていた。
その笑顔があまりに綺麗で、可愛らしくて、胸の大切な部分がきゅっと締め付けられた。
ただ愛おしい、大好きな女の子。
角だって生えているし、蝙蝠みたいな翼もある。おまけに魔力も桁外れな少女。でも、俺はどういうわけか、この子を好きだと思っていた。
まるで、最初からそうであったかのように。
あふれ出る感情が抑えられず、俺はぎゅっと彼女を抱き締めた。すると、彼女もそれに応えるように、抱き締め返してくる。
互いのぬくもりが肌を通して、一つになっていた。
すると、その瞬間──彼女がしゃくり上げるのが聞こえてきた。
理由はわからないが、彼女は嗚咽を堪えながら、静かに泣いているようだった。まるで、迷子になっていた小さな女の子が、親と再会できたかのような、そんな安堵感のある泣き声のようにも思えた。
なぜ彼女が泣いているのかはわからない。でも、きっと……彼女にとって、これは良い事だったのだと、思えた。
そして一方の俺も、魔物に抱き締められているはずなのに、安心感と安らぎすら感じていた。彼女から、まるで母のような優しさすら感じている。
俺の記憶にはもうほとんど残っていないはずの、母の記憶。ただ、幼い頃、こんな優しさに包まれていたのではないかな、と何故か思ってしまえた。
もしかすると、俺がこう感じてしまうのは、勇者マルスと、そしてシエルに捨てられたばかりだからかもしれない。
何もないと思えた、全てを失ったと思っていた俺を、まるで支えるかのように現れた女の子。例え翼や角があろうとも、魔物と思えるはずがなかった。
初めて会って、種族すら異なるのに、俺と彼女は、互いが互いの欠けているものを補い合うような一体感を感じる。
俺達はしばらくそうして肌を重ね合わせたまま、互いの存在を感じ合っていた。
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【コメント】
書籍版では当該契約シーンの詳細を描いており、更に挿絵もございます。
よろしければご一読下さいませ。
https://kakuyomu.jp/users/kujyo_writer/news/1177354054894982495
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