契約の方法

「は、はぁ!? 何言ってんだ、お前!?」

「だ、だから! そんなの何回も言わせないでください!」


 何故か恥ずかしがっているらしい銀髪の魔族は、完全に俯いてしまった。

 体を交えるって……俺が、この子と? 角と翼はあるけれど、こんな絶世とまで言えるくらい、可愛くて綺麗な女の子とするっていうのか?


「……本気で言ってるのか?」

「本気じゃないと、こんな恥ずかしい事言えません」


 上位魔神グレーターデーモンのくせに、人族の女のようにかぁっと赤面させて、うつむいている。もともと肌が白いせいか、余計に顔が赤く見える。


「もし……もし、アレク様が契りを交わしてくれるのでしたら」


 彼女は大きく息を吐いてから顔を上げ、紫色の瞳でこちらを見据えて。


「私はあなたに永遠に従います。この命尽きるまで、ずっと」


 その眼はとても真剣で。

 俺には彼女が嘘を言っているようには思えなかった。

 嘘だよバーカ、とむしろこの場で殺された方が、俺にとってはまだ真実味があるように思う。

 でも、彼女は真剣なまなざしで、そして恥ずかしさに耐えながら、俺を見据えている。


「そんな、そんな事……聞いた事がないぞ」

「アレク様は、特異体質なんです。でも、間違いありません。私にはそれがわかります。きっと、他の女性の魔物も、わかると思います。本能的なものなんです」


 それに、と彼女は続けた。


「私も、そんなあなたに従いたいと思っています。心の底から」


 彼女は顔を赤らめたまま、腰を抜かした俺の腿の上に、馬乗りになって座った。そして、俺の手を取って、自らの胸に押し付ける。大きすぎず小さすぎず、ちょうど良いくらいの大きさ……この世のものとは思えいほど柔らかい果実の感触が、手のひらを刺激する。服の上からでこれなのだから、直に触るとどうなってしまうのだろうか。

 そんな事を思ってごくりと唾を飲んで、美しい魔族の顔を見てみると……予想外に、必死に羞恥に耐えている様子だった。

 こんなに大胆な事をしているのに、恥ずかしがっている、のか……?


「……試してみますか? 私が嘘を言っているか、本当の事を言っているか」

「断ったら、どうなる?」


 恥じらいに耐えつつ強がろうとしている彼女を見ていると、どこか俺の方が落ち着いてきてしまう。そんな彼女を見ていて可哀想になったので、俺は彼女の胸からそっと手を離して訊いた。


「そうですね……私の痕跡を消す為にも、今ここで殺します。契りを交わしたなら、私はあなたのサーヴァントなので……どうするのもあなたの自由です。今死ぬのと、どっちがいいですか?」


 精一杯余裕の表情を作っている彼女だが、そこにはまるで余裕がなかった。

 彼女が嘘を言っているのか、本当の事を言っているのかはわからない。断れば、本当に殺されるかもしれない。どのみち、俺の選択肢は1つしかないように思えた。

 承諾の返事をしようとした時……彼女は、俺の首に腕を回して、俺の頭をぎゅっと抱え込んだ。


「え……?」


 彼女の柔らかい胸と、体温、そして甘い香りに包まれた。


「……嘘です」


 彼女は俺を抱き締めたまま、声を震わせてそう言った。


「え? 何が?」


 嘘って、何が? 体を交えたらってやつ? それとも、俺を生かすってやつ? もうどれが嘘なのかわからない。全て嘘みたいな出来事が起こっているのだから。


「ごめんなさい。嘘を吐きました。私には、あなたを殺せません。殺せるわけがないんです。だから……あなたが嫌だと言うなら、私はここを立ち去るしかありません」


 彼女の表情はわからない。ただ、声が震えているように思えた。初めて声を発したあの時のように……泣くのを我慢しているかのような声。

 圧倒的に強者で、上位魔神グレーターデーモンの彼女。きっと俺の事など指先だけでも殺せるであろうほど彼女が力を持っているのは、こうして体をくっつけていれば、なんとなくわかる。

 しかし、どうして彼女はそんなに力を持っていながら、俺に対して懇願しているのだろうか。


「本当の事を言うと……アレク様が私と契約してくれたら、私も助かります。いいえ、違いますね……私を助けて、ほしいんです」


 やはり彼女の声は震えていた。


『お願い……助けて』


 そう言えば、彼女は出会い頭にもそう言っていた。

 俺にはあれも、そして今現在のこの言葉も、演技とは思えなかった。

 彼女は、圧倒的強者にも関わらず……圧倒的弱者の俺に懇願しているのだ。

 事情はわからない。だが、ここで彼女の誘いを受け入れたなら……何かわかるのではないだろうか。

 少なくとも、彼女の言っている事が嘘か本当かはわかる。


(とんだ日だよ、全く)


 小さく溜め息を吐いて、俺は心の中で愚痴った。

 勇者からパーティを追放され、そしてその夜に、こうして上位魔神グレーターデーモンと出くわす。

 何が『女神テルヌーラのご加護を』だ、シエルの奴め。女神テルヌーラのご加護があれば、その日の夜にこうして魔神と密着する事になって生死の選択を迫られるわけがないのだ。

 だが、今はそんな事を言っていても、仕方がない。


「おい、あんた」


 俺は意を決して、彼女に呼び掛けた。こんなぶしつけな呼びかけをしたのは、彼女の名前を知らなかったからだ。

 彼女が「はい」と言いながら、俺の声に応えて抱え込んでいた頭を解放してくれたので……そのまま、彼女の頬に触れて、今度は俺の方から唇を重ねた。


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【読者の皆様へ】


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