想い人との別れ

 勇者からパーティーを追放されて、荷物をまとめていると、幼馴染にして想い人のシスター・シエルが寂しげに俺を見つめていた。


「アレク……本当に行ってしまうの?」


 肩で切り揃えられた緑髪を揺らして、その緑瞳に俺を映していた。きっと、その瞳に俺が映る事はもうないのだろう。そう思うと、悲しかった。

 シエルは、俺達の故郷であるルブローデ地方では一番の美人だと言われるほど、美しく可憐な女だった。俺はそんな彼女が昔から好きだった。

 彼女と過ごした冒険者としての日々も楽しかった。

 冒険者と言っても、簡単で危険が少ないような依頼しか受けていない。きっと、本気の冒険者からすれば、冒険者ごっこ。

 でも、俺達は日々の仕事の合間に依頼を受け、少しずつ小遣いを貯めていた。いつか2人で店を出す資金のつもりだった。

 そんなある日、冒険者ギルドを通じて俺達2人に勇者パーティーへの勧誘の通達がきた。

 ルンベルク王国王子にして話題沸騰中の勇者マルス一行からの勧誘だ。彼は俺達のレベルには合っていないような破格の給与を前金として提示して、パーティーに誘ってきたのである。

 勇者マルス一行と言えば、剣聖・賢者・聖女と言ったルンベルク王国でも屈指の猛者が集っている。そんな中になぜ俺とシエルが誘われたのか──しかもパーティーに聖女がいるのに──疑問だったが、今にして思えば、シエルはマルスの好みの女だったのだろう。

 そうでなければ、〝ルンベルクの奇跡〟とも呼ばれるような聖女がいるパーティーに、駆け出しのシスターなど誘わない。

 本当に俺にテイマーとしての能力を期待していたのかも、今となっては怪しい気がする。俺が参加すると言えば、シエルも参加する事を見越していたからではないだろうか。そう疑わざるを得なかった。

 その証拠に、に、俺はこうしてパーティーを追放されている。

 おそらく、俺は女を手に入れる為の餌だったのだろう。シエルが手に入ったのであれば、俺も用済みという事だ。


「ああ。さっき戦力外通告を食らった。お前を守ってやりたかったけれど、俺にはその力がなかったな」

「そんな事……」

「そんな事あるさ。でも、お前には俺はもう要らない。俺よりももっと強いマルスがお前を守ってくれる。だから……弱っちい俺が一緒に行くより、全然良いんだ」


 最後の強がりだった。泣きたいくらい悔しかった。

 好きな女を奪われ、惨めに雑用係をさせられ、情事の後処理までさせられた挙句に追放。男としてのプライドも何もなかった。

 しかし、それは揺るぎない事実だ。

 彼女は俺のそんな最後の強がりをただ黙って聞いていた。


「無事でいろよ」

「……あなたも」

「ああ」


 そう応えると、シエルは「アレクに女神テルヌーラのご加護を」とだけ言って、マルスについて行った。

 長年の幼馴染との別れの言葉なんて、たったこれだけだった。薄情だとも思う。女なんてこんなものなのだと悟った。利用価値がある方にしかつかない。

 でも、全ては俺の弱さに原因がある。テイマーとしての役割を果たせなかった俺が悪い。彼女にとって、俺には価値がなかったのだ。

 そう思うと、不思議と涙も出なかった。


 ◇◇◇


「さて、どうしたもんかな……」


 焚火をしながら、夜の草原で野宿の準備をする。

 金もほとんどない上に、今はテイムしているモンスターもいない。スライムなんかを仲間にしていても邪魔だと言われ、この前手放してしまった。

 手持ちの金も少ないので、宿屋なんかに宿泊していたら、すぐになくなってしまうだろう。

 野宿は寝込みをモンスターに襲われる危険もあるが、懐事情を考えると、野宿するほかなかった。

 俺が野営地として選んだ場所は、町が視界に入る程度には人里から近い。人里の近くまで魔物は寄ってこないので、そこそこ安心して眠れると思っている。

 とりあえず今日は野宿だ。明日あたり冒険者ギルドに行って、俺でも出来る仕事を探して日銭を稼ぐしかあるまい。住み込みで働ける場所があれば、そこで働くのも悪くない。

 もう俺には帰る故郷もなかった。シエルがいないのにルブローデに戻っても意味がない。それに、ここからルブローデはあまりに遠かった。サーヴァントもおらず、金もない今の俺では、辿り着く前に魔物の餌になるか、賊に襲われるだけだ。それならば、近くの町で住み込みで働ける場所を探すのが一番なのかもしれない。

 もう、シエルと過ごす未来などないのだから。俺の未来は、真っ新で何の予定もない。何もするのも自由だ。

 だが、冒険者ギルドで日銭を稼ぐにせよ、まずは誰かを仲間にしない事には、戦えない。

 でも、俺一人で倒せるモンスターなんて、たかが知れてる。最弱のスライムが関の山だろう。スライムを仲間にしたところで、果たしてどこまで冒険者の仕事をこなせるか……。

 それに、今後どう生きればいいのかの指針もない。完全に宙ぶらりんだった。


(どうすればいいんだ?)


 そうして悩んでる時だったのだ。

 銀髪の彼女が、大きな翼を羽ばたかせて、俺の目の前に降り立ったのは。

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