パーティー追放

「アレク。すまないが、ここでパーティーを去ってくれないか?」


 上位魔神グレーターデーモンと出会う、ほんの数時間前の事だ。俺は勇者マルスから唐突にパーティー離脱の提案をされた。というより、実質的にはパーティー追放の宣告だ。

 マルス=ノアイユ──ルンベルク王国の王子にして、国の希望を担う勇者。まだ勇者として駆け出しだが、行く先々で危機を救っており、今では魔王を倒す勇者となるのではないか、と期待されている人物だ。

 アレクこと俺は、そんな勇者マルスのパーティーに属するテイマーだった。所謂魔物使いとして、魔物をサーヴァントとして従える能力がある。ルンベルク国内でテイマーは稀少性が高く、現役のテイマーは俺しかいなかった。その稀少な能力を見込まれてマルスのパーティーに加えられたのだが……今こうして、解雇を言い渡されている。

 理由は簡単だった。俺がテイマーにも関わらず、全く強いモンスターを仲間にできなかったからだ。仲間にできても最弱のスライムが関の山。あまりに弱すぎて、マルスの力にはなれなかった。

 サーヴァントにできる魔物は最弱クラスとなると、戦力と認識されず、前線に立たせてもらえない。そうなると、俺自身が強くなる機会もなかった。

 俺自身が弱いままでは、もちろん強いモンスターなどサーヴァントにできるはずがない。そんな俺なんかに飯を食わせるくらいなら、別の女でもパーティに入れた方が良い、という判断なのだろう。

 マルスのパーティは、俺以外は女で構成されていて、ほぼ全員がマルスの情婦と化していた。俺はマルス以外では唯一の男メンバーで、テイマーとしての能力を期待されていたが、それに応えられず……実質的には荷物持ちと雑用係だった。いや、ほぼ奴隷のようにコキ使われていたと言っても過言ではなかった。

 もうプライドはズタズタだった。来る日も使い物にならないと罵声を浴びせられ、たまに前線に立たされては太刀打ちできずにやられそうになっていた。というか、俺が敵にやられそうになっているのをマルスは楽しんでいた。まるで喜劇を見るかのように、かの勇者は俺が必死に逃げ惑う様を見て爆笑していたのだ。

 それでも俺は耐えた。マルス達が戦いやすい環境を作れるのなら、それが世界を救うなら、と精一杯自分にできる事をこなしていた。


 しかし──そんな俺でも耐えられない事が遂に起こった。


 一緒にマルスのパーティに入った幼馴染のシスター・シエルも、マルスの魔の手に堕ち、彼の情婦の一員となってしまったのだ。

 シエルとは、まだ恋仲ではなかった。しかし、この戦が終われば一緒に店を出そう、と将来を約束した仲だった。彼女といる事だけが俺の小さな幸福で、彼女がいるから俺は勇者達からの扱いにも耐えられていた。

 小さい頃に流行り病で両親を亡くした俺には、彼女が唯一の家族と言っても過言ではない。兄妹のように育ち、彼女の事は俺が守るのだと心で誓っていた。しかし、シエルはあっさりと勇者マルスと寝た。

 理由は知らない。勝手な推測ではあるが、マルスが強く、しかもルンベルク王国の王子だからだろうと思っている。

 一方の俺は、彼に比べて全てに於いて弱かった。加えて、金も権力も何もない。挙句に、マルスには毎日酷い扱いを受けている。彼女はそんな情けない俺を見て、見限ったのかもしれない。こんな弱い男では自分を守れない、と。

 強い方に付く──こんな時代なら、それは間違いではない。それも女の生き方として間違いではないのだと思う。

 しかし、そうとわかっていても、俺には……好きな女の、シエルの喘ぎ声を毎夜聞かされる事には耐えられなかった。

 耳を塞いでいても、声は漏れてくる。屈辱と悔しさと、張り裂けそうな胸の痛みに耐えられなかった。そして何よりも悔しかったのは、そんな彼女の嬌声を聴いて、自分のものが反応してしまった事だった。もう、自尊心はひとかけらも残っていなかった。

 マルスはもちろん俺の気持ちを知っていて、敢えて俺の寝室の横でシエルを抱いていたのだ。目的はもちろん、彼女の喘ぐ声を俺に聞かせるために、である。

 惨めだった。苦しかった。悔しくて堪らなかったけれど、それを変える力が俺にはなかった。

 俺は無力だ。勇者と共に旅をしてわかったことは、ただ己の無力さだけだった。

 シエルを失った事で、俺の心はぽっきりと折れてしまった。マルスからパーティー追放の宣告をされたのは、そんな矢先だった。

 俺の精神状態を察したのか、もうマルスが満足したからかなのかはわからない。ただ、この提案は、今の俺には丁度よかったのかもしれない。


「わかりました、マルス王子。今までありがとうございました」


 異を唱えず、ただ彼の提案を受け入れた。それしか選択肢がなかった。そして何より、パーティーを離れられる事に安堵していた自分もいた。

 パーティーを離脱すれば、もう自尊心を潰され、踏み躙られ、唾を吐きかけられる事もない。そして毎晩、好きな女の嬌声を聴いて嫉妬に狂う事もない。

 そう思うと、ある意味これは救済措置のように思えた。


「こちらこそ、今までありがとう。君には助けられた。でも、君をこれから先連れて行くのは危険だから」


 マルスは申し訳なさそうにそれっぽい理由を説明した。

 白々しいな、と思う。俺の事を『使い物にならないタダ飯食らい』と他の女メンバーとバカにしていた事を知らないとでも思っているのだろうか。

 それでも俺は「心遣い感謝します。ご武運を」としか言えない。『君が弱いから、これ以上の旅は危険なんだよ』と言われてしまえば、俺には何も言い返せないからだ。


 こうして俺は勇者マルスのパーティを脱退した。ほんの数日過ごす程度の金と餞別の剣だけ渡され、そこでめでたく、パーティから追放。

 これが、ほんの数時間前の出来事だった。

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