第10話 体育祭当日④

 体育祭は無事閉会式を迎え、あれだけ盛り上がっていた会場は普段の日常へと戻りつつあった。

 例の二人三脚は、まーちゃんとリスが意外にも早く、俺たちとデッドヒートを繰り広げられるものとなった。

 結果的には俺たちと同じ順位である同着一位。

 この学校にはスローモーションカメラというハイテク機材がないため、判定員が何名かであーだこーだと数分間議論を交わした後にこうなってしまった。

 まぁ、どの学校にも体育祭の為だけにスローモーションカメラを導入してはいないと思うけどな。

 とにもかくにも今年の体育祭は俺的には大成功。優勝も赤組ということで非常に気持ちがいいまま閉会した。


 午後四時すぎ。

 会場の後片付けを終えた俺は帰宅路を歩いていた。

 もちろん俺の隣には優樹菜がいて、まーちゃんがいる。

 親父たちは体育祭が終了した直後に帰ってしまったらしく、会場内を一通り見回したものの親父たちの姿はどこにもなかった。

 そういうこともあり、こうして疲れた身体を鞭を打ちながら歩道を歩いているのだが……隣がうるさい。


「きょ、今日のところは見逃してあげます……。次こそは絶対に私が勝ちますっ!」


 と、なぜかツンデレキャラみたいなことを口走る優樹菜を側にまーちゃんは大人の対応を見せる。


「そうだね、次こそ絶対に決着をつけようね」


 一体この二人は何に対して争っているのだろうか? 俺にはわからん。いや、本当にわからない。優樹菜がまーちゃんに苦手意識を持っているということは知っているけど……。

 俺はそんな二人を見つつ、ため息をつく。

 ――いい加減仲良くなってくれないだろうか……。

 そう思っていると、肩をツンツン突かれた。


「……ん?」


 俺は気だるげな感じで振り向く。


「おに……じゃなくて、歩夢くん。ご褒美はないんですか?」

「……ご褒美? なにそれ初めて聞いたんだけど?」

「そうでしたか? 二人三脚で一位を取ったら何かご褒美くれるって約束しましたよね?」


 優樹菜が小首をちょこんと捻るが……いやいやいや、聞いてないよ?! 


「そんな約束した覚えねーぞ?」


 どうせ優樹菜のでっち上げだろう。

 と、思ったのだが……


「じゃあ、証拠です」

「……は?」


 優樹菜は一旦立ち止まると、バッグの中からスマホを取り出し、録音を再生させる。

 俺とまーちゃんも同じくしてその場で立ち止まると、その録音に耳を傾けた。


『お兄ちゃん、もう一度言ってもらえませんか?』


 どうやら途中から録音しているように思える。

 俺はそのまま黙って聴き入る。


『体育祭の二人三脚で一位取ったら、何かご褒美ください』

『スー……スー……ご褒美? スー…スー…いいぞぉ。なんでもぉ……スー……スー……』


 ここで録音は停止し、優樹菜は小さい胸を晒しながら、得意げな顔をする。


「ほら、言ってましたよね?」

「いやいやいや、おかしい! おかしすぎるだろ! これって俺が寝てる時じゃねーか!」


 先ほどの録音で時折、寝息が聞こえてたし。

 というか、あの状況でよく会話が成り立ってたな!

 自分でもわからなかった新たな才能を知ったところで、俺は足を進める。


「ご、ご褒美って言ってもなにすればいいんだよ……」

「ちょ、ちょっと歩夢くん待ってください!」

「あゆくんご褒美あげるの? なら、私もじゃない? 二人三脚一位だったし」

「なっ?! ご、ごご後藤さんは関係ないじゃないですか!」


 優樹菜が憤慨する。


「いーや、関係あるよ。幼なじみだから」

「そういう理屈だったら俺のほとんどが関係あるじゃねーか!」

「そうだよ。私たちは出会った瞬間から一心同体……」

「ちょっと浸ってるところ悪いけど、なに言ってんのか理解に苦しむのだが?」

「そうかなぁ? でも、優樹菜ちゃんは理解できてるよね?」


 俺は優樹菜の方に顔を向ける。

 すると、顔を真っ赤にして身体をぷるぷると震わせていた。


「歩夢くん……浮気したらぜっっっったいに許さないですからね?」


 声がさっきよりも若干低かった。

 夕日のせいもあるが、目元には暗い影が落ち、まるでヤンデレキャラのように見える。

 底知らぬ恐怖感……俺は何度か頷きを返した。


「う、浮気なんてするわけがないじゃん」


 実際には、本当にしていない。

 だけど何故だろうか……? 浮気をしていて、それを隠そうとしているように聞こえてしまう。

 優樹菜は訝しげな視線を送りつつ、「本当に?」迫ってくる。


「あ、ああ、当たり前じゃないか! それともなんだ? 俺のこと信用できないのか?」

「そ、そんなことはないですけど……」


 と、言いつつ、優樹菜はなぜかまーちゃんをちらっと一瞥する。

 優樹菜の表情は不安の一色だった。

 俺はため息をつく。


「安心しろ。俺はそんな愚かなマネはしないから。それよりご褒美……何がいいんだ?」

「で、デート……」

「え?」

「デート……久しぶりにしたいです」


 先ほどとは別の意味で顔を赤くし、上目遣いをする優樹菜。

 ――まぁ、デートくらいなら……。


「わかった。じゃあ、明日でいいか?」


 そう言うと、優樹菜の顔が見る見るうちにパァ〜も明るくなり、笑顔になる。


「はい! それでは明日お願いします!」


 優樹菜は軽く頭を下げた後、よほど嬉しかったのか、スキップを始めてしまった。

 高校生がスキップだなんて、少々恥ずかしい気もするが……。


「ところであゆくん。私は……」

「ねーよ! てか、なんで幼なじみのまーちゃんとデートしなくちゃならないんだよ」

「いいじゃん。久しぶりに幼なじみ同士で過ごすのもいいでしょ?」

「いや、よくない。今回はパスさせてもらうからな」

「……ケチ」


 

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