第9話 体育祭当日③

 昼食時間が過ぎ、午後の部が始まった。

 俺と優樹菜は始まって一番最初にある二人三脚に向け、入場口に集まっていた。

 この二人三脚はクラス対抗となっている。

 学年や男女など隔てなく、行われる競技になるため、何より信頼関係というものが試される競技にもなってくる。

 そのため、どれだけ足が早かろうが、男子同士のペアだろうが、ちゃんと息を合わせなければなかなか進まない。

 この点においては、俺と優樹菜に関して問題はないだろう。

 なにせ、俺たちは兄妹であり、彼氏彼女の関係だからな。


「って、あれ? あゆくんじゃない?」

「え……って、まーちゃん?」


 入場口で並んでいる最中に誰かから名前を呼ばれたかと思いきや、まさかのまーちゃんがいた。


「もしかして、まーちゃんも二人三脚か?」

「うん、一緒の競技になるとは思わなかったね」


 果たしてこれは偶然なんだろうか?

 隣にいる優樹菜は歯噛みをしながら「ぐぬぬ……」と悔しそうなうめき声をあげている。

 まーちゃんは優樹菜の存在に気がつくと、軽く手を振った。


「まーちゃんも出るということは誰かとペアなんだよな?」

「まぁそうだね。最近友だちになった子なんだけど……」


 そう言って、隣の方に目線をやると、小さくて気がつかなかったが、たしかにまーちゃんの友だちと思しき、少女がいた。

 髪はショートカットのボブでくりくりとした大きな瞳が特徴の小動物感溢れる女の子。

 その子と目線が合うと、すぐに小動物はまーちゃんの背中に隠れてしまった。なんか……リスみたいだなぁ。今度から影でリスって呼ぼう。


「あー、また隠れたね。この子は影山栗子りつこちゃんって言うんだけど、ものすごく人見知りなんだよね。クラスでもなかなか打ち解けられないみたいでなぜか私と仲良くなった唯一の友だち」

「そっか。俺とはたぶん初めてだよな? 同じクラスになった記憶すらないし……。あ、俺は上村歩夢です。えーっと……よろしく」


 何を言えばいいのか、途中で分からなくなり、ちょっと中途半端になってしまったが、まぁ良しとしよう。いいのかわからんけど。

 リスはまーちゃんの背中から片目だけを出すと、ちょこんと相槌を打った。たぶん、よろしくという意味合いなんだろう。

 一応、優樹菜にも自己紹介をさせておくか……と思い、隣を見る。


「って、あれ? いない!?」


 一瞬にして消えた?!

 と、思いきや「可愛い〜!」という優樹菜の声が聞こえてきた。

 声がする方向に目を向ける。


「なんですか? なんなのですか? この可愛さ……反則ですっ! あ、私は上村優樹菜です。歩夢くんの義理の妹です」


 リスの頰に頬ずりをしながらそんなことを言っていた。

 一方のリスはされるがまま。嫌そうな顔をしつつも、優樹菜が両手でがっつりホールドしているということもあってか、逃げられないといった感じだ。


「ゆ、優樹菜? そろそろその辺にしてあげたらどうだ? リス……じゃなくて、影山さんも困っていることだし……」


 優樹菜は一度頬ずりをやめると、リスの顔をじーっと見つめる。

 リスはその視線に耐えきれず、ガタガタと震えたまま、涙目になっていた。


「そう、ですね。少し名残惜しさはありますが、ここまで怯えさせてしまったとは思っても見ませんでした。ごめんなさい」


 優樹菜はリスに頭を下げると、俺の元に戻ってきた。


「とにかく、後藤さんたちにだけは負けませんから!」


 闘心をメラメラと燃やす優樹菜。

 一方でまーちゃんはニコニコしながら、それに対応する。


「勝つのは私たちだよ」

「ぐぬぬ……ここで決着をつけましょう! どちらが歩夢くんにふさわしい女性かを!」

「い、いきなり何を言ってんだよ!?」


 意味がわからん。俺にふさわしい女性って何? 逆にふさわしくない女性が気になってくる。

 こんなのまーちゃんが乗るはずがない。そもそも俺にふさわしい女性とか、まーちゃんにはメリットの一つもないだろ。

 と、思っていたのだが……


「いいよ。その挑発乗ってあげる!」


 まーちゃんが不敵な笑みを浮かべた。

 ――いや、乗らなくていいからああああああああ!

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