第3話 修羅場②

「で、なんでまーちゃんがいるんだよ」

 帰り道。

 優樹菜と共に帰路についているのだが、なぜか俺の隣にはまーちゃんがいた。

 まーちゃんは何事もなかったかのように俺たちの歩調に合わせながら、にっこにっこしている。

「ん? 一緒に帰っちゃダメなの? てか、そんな法律ないでしょ?」

 なんだ? その小学生が言い訳に使いそうな理論は。

「たしかに法律にはないが、一緒に帰るのはまた今度って言っただろ」

「そうだった? 全然聞いてなかったから今日は仕方ないよね」

「仕方なくねーよ!」

 せっかくいい雰囲気で優樹菜の機嫌も治ったばかりだったのに……。

 俺はそんな優樹菜さんの様子をちらっと尻目で確認する。

 優樹菜の目は完全に俺を挟んだまーちゃんにロックオン。

 目には光すらなく、闇のオーラが威圧感を増している。

 それなのにまーちゃんは本当にマイペース。優樹菜の威圧感なんてどこ吹く風のようになっている。

 このままではまた優樹菜の機嫌を損いかねない。

 ――ここは最終手段に出るしかないか……。

 最終手段とはいえど、元から手段は一つしかない。

 が、優樹菜は先ほどの靴箱で特別な扱いをされたいと言っていた。

 なら、もうこれしかないだろ。

「で、まーちゃんはどこに住んでいるんだ?」

 そう聞きつつ、俺は優樹菜の手にそっと手を近づける。

 内心ではドキドキの心臓バクバクでぶっ倒れそうなくらいなんだが、ここが頑張りどころだ。

「えーっと、あゆくんの家から割と近いかなぁ……」

 まーちゃんは可愛らしく首を傾げる傍で、俺は優樹菜の手を握った。

 その瞬間、優樹菜がビクッと肩を震わせる。驚いたんだろう。

 そして、何か言いたげな目で俺を見つめる。

「あゆくん、二人でそんなに見つめあってどうかしたの?」

「あ、いやなんでもないぞ? なぁ?」

「え、ええ。なんでもないですよ」

 俺と優樹菜は二人して慌てふためく。

 決して悪いことをしているわけではないにしろ、まーちゃんにバレたらバレたで何かと厄介なことになりそうで怖い。

 ここはバレない程度にするしかないだろう。

 その後は俺と優樹菜はバレるんじゃないかというちょっとしたスリルを味わいつつ、まーちゃんの過去について歩道を歩きながらいろいろと聞くことができた。

 前はどこに住んでいたのか?

 どのような学校に行っていて、友だちは何人いたのか?

 今でもその友だちと連絡を取っているのか?

 など、十年年前に引っ越してからまたここに戻ってくるまでの大方な出来事を聞けて、幼なじみとして少し嬉しさすら感じる。

 話が思っていたよりも弾んだせいなのか、いつの間にか自宅前へとたどり着く。

「じゃあ、俺と優樹菜はこの家だから。またな」

 俺は優樹菜から手を離す。

 優樹菜はそれに対し、名残惜しそうな目で先ほどまで握っていた手を見つめていた。

「うん、またね。あ、さっき私の家がどこか聞いてたけど、一応教えとくね。あれだから」

 まーちゃんは斜め後ろを振り返り、指をさす。

 その方向をたどっていくと……俺ん家から数十メートル離れた五階建てのマンションだった。


 家に帰り着くや否や俺は自室にて優樹菜に正座をさせられていた。

 なんで正座させられているのか自分でもわからない。

 優樹菜は椅子に座りながら足組みをしている。

 まだ制服のままで膝丈くらいのスカートということもあってか、足組みの隙間からある布が見えそうで見えない。

 非常に目のやり場に困るこの状況ではあるが、俺はおどおどとしながらも優樹菜の質問に答える。

「べ、別にデレデレなんかしてないだろ」

 何がまーちゃんにデレてたか……。まーちゃんは幼なじみなんだぞ? 俺の中ではそれ以上でもそれ以下でもないし、その他の感情なんて皆無だ。

 だが、優樹菜の表情は相変わらずお堅い。

 眉間に形が整った眉を寄せ、疑念に孕んだ視線を今なおも向けてくる。

「じゃあ、なんで帰ろうとしたときに後藤さんから抱きつかれたのですか?」

 声にトゲが篭っていた。

「あれは……昔、よくまーちゃんが抱きついてきてたんだよ。それが今も癖として抜けてないだけだろ……」

 まーちゃんは小さい頃、よく俺を見かけるたびに飛びかかっては抱きついてきていた。

 今は毎回ではないにしろ、やはりあの頃の癖が抜けていないのだろう。

「でも、私が見る限りではそうでないような……」

 優樹菜が小さな声でポツンと呟いた。

「それってどういう意味だ?」

 俺は気になり、訊き返すと優樹菜はどのくらいか沈黙の後、首を左右に振る。

「いいえ、なんでもないです。最後にもう一ついいですか? これを答えてくれたら解放してあげますので」

「あ、ああ……なんだ?」

「後藤さんのこと本当に幼なじみという感情だけですか? それと、私のことどう想ってますか?」

 もう一つと言いながら、二つあるんだが……。

 とりあえず俺はうんと咳払いをした後、改めて優樹菜の顔を見る。

 表情は先程とあまり変わっていないように見えるが、長いまつ毛が不安そうに揺れているのがわかる。

 もしかして、まーちゃんに盗られちゃうとでも思ってしまったのだろうか……。

 たしかに恋人が異性と仲良くしているところを見ると、不安になってしまうのも無理はないよな。俺だって、優樹菜が明久と仲良くしているところを見かけたら、速攻で飛びかかるかもしれない。下手すれば明久を撲殺……まではいかないにせよ、確実の半殺しまでは殴り続ける自身がある。

 そう考えると、優樹菜には本当に申し訳ないことをしてしまった。

 まぁ、ほとんどが不可抗力なんだけどな。

「さっきも言ったが、まーちゃんはただの幼なじみだ。約十年ぶりに再会したとはいえ、正直昔の記憶なんて一握り程度しか覚えていない。そんなやつのことを好きになると思うか? 今まで忘れてたまであるぞ」

 優樹菜はすがるような目を向ける。

「……ほんと?」

「ああ、嘘をつくわけないだろ。てか、俺が嘘を付いているように見えるか?」

 そう言うと、優樹菜がじーっと俺の目を見つめる。

 どこまでも澄み渡った優樹菜の瞳は本当に美しい……そんなことを思いながらも、見つめ合うことどのくらいだろうか。

 どちらからともなく、俺たちは視線をそらす。

「や、やっぱりお兄ちゃん嘘ついてますよね? 目、そらしましたし……」

「こ、これは違う! というか、優樹菜だってそらしただろ!」

「わ、私は……」

 優樹菜の顔が急激に赤くなっていく。

 その様子を見ただけで言わせなくても大体は予想はつく。

「俺は優樹菜のことが一番好きだ」

「……え? 今なんて言いました? 声が小さくて聞こえなかったです」

「なんでもない。じゃあ、もうそろそろ正座は解除していいよな?」

「えっ、ちょ、ちょっとお兄ちゃん!」

 俺は逃げるように自室から出た。

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