第2話 修羅場①

 放課後。

 今日は、午前で学校は終わりなのだが、何かと教室中が騒がしい。

 どうやら隣のクラスにめちゃくちゃ可愛い転入生が来たらしく、そのことで主に男子たちが盛り上がっている。

 まぁ、その転入生は俺の幼なじみであるまーちゃんに間違いないとは思うけどな。

 まだ直接的に顔を合わせたわけではないにしろ、花火大会の帰りに偶然再会して、この街に戻って来たことを言ってたしな。

 俺は帰りの準備を進める。

 俺の隣にはすでに準備を終えた優樹菜が立って待っている。

「悪いな。あともう少しだから」

 そう伝えると、優樹菜はこくんと頷くのみ。

 一方で前に座っている明久は、転入生が気になるのか、アナログ時計を見ながらずっとそわそわしている。

 隣のクラスはいつも終わるのが遅いからな。

 やがて準備を終え、俺は席を立つ。

「じゃあ、また明日な」

「おう」

 明久に挨拶をして、優樹菜とともに教室を出ようとした瞬間だった。

「あゆく〜ん!」

 いきなりあだ名を呼ばれたかと思いきや、一瞬にして視界が反転し、俺は勢いよく倒れ込んだ。

 上手く受け身を取ることができなかったため、背中を強打し、痛みを感じつつ、何が起こっているのかを目で確認する。

 まずは優樹菜の顔。ものすごい剣幕で俺を見下ろしていた。

 次にクラスメイト。特に明久の顔が鬼気迫るものになっていた。

 そして、最後に少し重みのある俺のお腹あたりを見る。

 スカートを履いている誰かがまたがっていて、馬乗り状態。そのまま視線を上に巡らせていくと……

「あゆくん! 一緒に帰ろ?」

「……」

 俺の頭の中が真っ白になった。

「歩夢、これは一体どういうことなんだ?」

 明久が声をさらに低くしてそう訊いてくるが、俺にもさっぱりわからない。

 てか、俺が訊きたいレベルだわ。

 頭の回転が追いつかない。

 必死に考えるもなぜこうなっているのかがわからない。

「あゆくん、帰らないの? って、あ! そっか。私がまたがってたから動けなかったんだね! ごめんごめん、今すぐ退くね」

 そんな中、まーちゃんは周りを気にすることなく、いたってマイペース。

 そのところがまーちゃんらしさではあるが、あんなに盛り上がっていたクラスの男子も今となっては冷めきっている。

 俺はとりあえず身を起こす。

 やっとのことで状況が多少理解できたが、もうすでに遅し。

 まーちゃんは何事もなかったかのように腕を絡め、大きな胸を存分に押し付けてくる。

 ――ヤバイヤバイ。何がヤバいかって、いろいろとヤバイ!

 語彙力がなくなっているが、とにかくそれくらいに状況的にピンチ!

 優樹菜の瞳には光がなくなり、闇のオーラすら感じてしまう。怖いよ優樹菜さん?

「こ、こいつは俺の幼なじみなんだ……あはは」

 つい苦笑いが出てしまった。

 周りの視線が俺とまーちゃんに集まる。

 その視線は疑念というものに近いだろうか……。

 俺と優樹菜の関係はすでに広まっているからだろう。

 ――優樹菜さんという彼女がいながら目の前で堂々と浮気してる。

 ――山下って、物静かだけど裏では最低なクズ人間だったんだな。

 ――平気で二股とかクソだな……。

 いろいろな声が聞こえてくる。

 実際にはみんな口を紡んではいるが、表情でなんとなくわかった。

 ――俺の高校生活オワタ……。

 そう思い始めた時、優樹菜がコホンと咳払いをし、視線を一斉に集める。

「この方は歩夢くんの幼なじみであって、彼女でも何でもないです。いきなりこの方が飛びついた反動でこのような誤解が生じてしまいましたが……違いますよね? 歩夢くん」

 優樹菜の声もだが瞳も極寒のように冷たい。

 俺は身震いしながらもコクンコクンと頷いてみせる。

「そういうことなので、変な誤解はやめてください」

 そう言うと、優樹菜は教室を出て行った。

 俺も優樹菜のあとを追うべく、まーちゃんの腕を払う。

「ごめんな。また今度一緒に帰ろうな?」

 それだけを言い、俺はすぐに教室を駆け出る。

 優樹菜の姿は靴箱にあり、見てもわかる通り、元気がない。

 俺は、息を切らしながらも優樹菜の肩を掴む。

 優樹菜は少し驚いた表情を見せる。

「優樹菜、さっきは本当にすまん! 俺だってあんな風になるとは思わなかったんだ!」

 帰ろうとした時に幼なじみであるまーちゃんがいきなり飛びついてくるなど誰が予想できただろうか?

「そんなことわかってます。あれは不本意な事故ということも」

「じゃあ、なんで怒ってるんだ?」

「怒ってないです」

「どう見ても怒ってるじゃないか!」

 優樹菜は俺の腕を振り払い、背中を向ける。

 その背中はどこか悲しげで寂しいものに見えた。

「私には後藤さんのようなお兄ちゃんと昔の思い出がないから……」

 優樹菜はぽつんと小さく呟いた。

「後藤さんはお兄ちゃんに"まーちゃん”って、呼ばれてるのに私はあだ名じゃない……」

「……っ」

 俺は言葉に詰まった。

 優樹菜は間違いなくヤキモチを妬いている。

 そのことは彼氏として嬉しい限りではあるが、そのことを気にしていたとは思ってもいなかった。

「なら、優樹菜はどういう風に扱われたいんだ? まー……真紀と同じような扱いがいいのか?」

「……わからないです。ただ……特別な扱い方を、されたいです……」

 特別な扱い、か……。

 何がどう特別であると感じるのかは人それぞれであって、これが特別だとかは特に定義はされていない。

 だから、難しいところではあるが……

「少なくとも今までは特別扱いをしてきたつもりなんだけどな」

「……え?」

「優樹菜のことを呼び捨てで呼ぶのもそうだし、何より義妹だろ? 一緒に住んでいること自体が特別扱いにはならないのか?」

「一緒に住んでいることが……?」

 優樹菜が俺の方に振り返る。

「そうだ。俺たちの関係は特殊だ。他とは違う。親が再婚して、義理の兄妹になった上、俺たちは恋人でもある。こんな関係、他にあると思うか? 俺は優樹菜のことを妹として大事に思っているし、彼女としても大切に思っているからな」

 そう言い終える頃には優樹菜の顔は赤く染まっていた。

「お兄ちゃんのバカ……」

 どうやら照れてしまったようで、優樹菜は再び背中を向けると、校舎出入り口へと向かう。

「って、ちょっと待てよ!」

 俺もすぐにシューズから靴に履き替えると、優樹菜の横に並んだ。

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