第26話 義妹と恋人関係になって何が悪い?③

 屋上に続く扉を開けると、柵の向こう側を眺めている一人の少女の背中が見えた。

 身長は優樹菜と同じくらいだろうか?

 上着を腰に巻いて、いかにもJKといういでたちをしている。


「千夏ちゃん?」


 俺はその背中に声をかけた。

 すると、ポニーテールを翻して、千夏ちゃんはこちらに振り返る。

 まだあどけなさが残った顔はとても整っていて、優樹菜と比べものにならないくらいに可愛い。

 毎回顔を会わせるたびに思うが、この子があの明久の妹というんだから本当に信じられない。明久がシスコンになってしまうのも正直、癪だが頷ける。

 そんな千夏ちゃんは、俺のことを認識するやいなやニコッと好感度が爆上がりしそうな微笑みを見せる。


「あっ! 先輩遅いですよぉ! 私をいつまで待たせる気なんですか?」


 そう言って、俺の胸をツンツン突いてくる。


「す、すまんな。これでも早く来た方なんだが……」

「そうなんですか? それならいいですけど……」


 千夏ちゃんは近くにあったベンチに座ると、その隣をパンパンと叩く。

 どうやら座れということらしい。

 俺は、仕方なくではあるが、少し間を空けてその隣に座った。


「なんで間を空けるんですか!」

「いや、普通は間を空けて座るのが常識だろ……」


 ただ友人の妹であって、知り合いくらいの子とくっついて座るもんだろうか?

 千夏ちゃんは頰を膨らませながらもその間を詰めてくる。

 正直、前から思っていたけど千夏ちゃんのやることが妙にあざといような気がする。

 なんというか……自分を可愛く見せようとしている。まぁ、実際に可愛いからいいんだけどさ。


「それで話ってなんだ?」


 ラインでは話があるみたいなことを書かれていたけど、一体なんの話があるのだろうか? 俺と千夏ちゃんとはあまり接点とか共通の話題とかないし、そもそも学校で世間話すらしない。たまに明久の家へ行った時にいて、そこで少し話すくらいだ。

 千夏ちゃんは、コホンとわざとらしい咳払いをする。


「先輩って、妹さんと付き合ってるんですよね?」

「あ、ああ。それがどうかしたのか?」


 まさか、千夏ちゃんからその話を持ち出されるとは思ってもみなかった。


「先輩と優樹菜さん、本当に好き好き同士なんですか?」

「そうだが……なんでそんなことを聞くんだ?」

「いえ、最近実はWeb小説にハマってまして……その、何か弱みを握られて偽彼氏をやらされているのかなって思ったんです」


 本当にラノベの設定でありそうなシチュエーションだった。

 たしかにそんな設定のラノベはよくある。

 俺もそんな設定のラノベを現在進行形で読んではいるけど、現実的にはありえない。

 帰国子女の銀髪美少女や子犬みたいな幼馴染に隠れ巨乳の元カノ、桃髪の婚約者。

 みんな主人公のことが好きな設定になってるんだよ? こんなハーレムなリアルなんて全国探してもいないだろう。


「優樹菜さんって、すごく可愛いじゃないですか! めちゃくちゃモテまくっているし、告白だって絶対されてると思ったんです! だから、そんな男子たちのことがうざく感じて、お兄さんである先輩のことを偽彼氏にしたのかなと……」

「心配してくれることはすごくありがたいが、俺たちはそんな関係じゃない。正真正銘の本物だ」

「本当に愛し合っているんですか? そ、そのキス、とかしたんですか!?」


 千夏ちゃんの顔が赤い。

 そんなに恥ずかしがるのなら聞くなよと思いつつも、俺はどう答えようか迷っていた。

 ――俺たちって、まだキスしたことなかったような……。

 手は繋いだし、ハグもしたと思うけど、キスに関してはまだだったような気がする。

 付き合ってから一ヶ月。この間にキスまでたどり着けていないのはさすがにヤバいのでは?


「き、キスはあれだ。俺たちの年齢にはまだ早すぎる」

「そうですかぁ? 私のクラスにいる女子とか、付き合っている男子とその日にキスを済ませたとか言ってましたけどぉ?」

「マセガキだな。性欲のままにしてはいけない。千夏ちゃんも彼氏ができたときは慎重に進んだ方がいいよ」


 先輩として助言してやった。

 一方で千夏ちゃんは、なぜか表情筋を引きつらせ、ドン引きしていた。俺、何か変なことでも言ったかな?

 そう思っていると、チャイムが鳴り始めた。もうすぐでSHRの始まりだ。

 千夏ちゃんはベンチから立ち上がると、スカートに付いた埃を手で振り払う。


「とりあえず先輩が悪い女に引っかかってなくてよかったです! それと、先輩たちのこと私は応援してますよ? あのクソ兄が昨日家で、兄妹間で付き合うのは異常だとか言ってましたけど、義理なら問題ないと私的には思いますしね。ついでにクソ兄のこと、精神的に叩き直しておいたのでもう大丈夫だと思います」

「何が大丈夫なんだよ……」


 俺は思わず苦笑してしまう。


「クソ兄がいろいろと失礼なことを言ったみたいで、本当にごめんなさい」

「いや、別に明久は悪くないし、千夏ちゃんも謝る必要はないよ。これは結局のところ考え方の違いだからさ」

「そう言っていただけると、私としても嬉しいです。それに先輩の私に対する好感度も上がったと思いますしね」

「なんで俺から千夏ちゃんに対する好感度をあげなくちゃいけないんだよ」

「それは……内緒です! いつか私を選んでくれる日を待ってますよぉ。それじゃ!」


 千夏ちゃんは俺に手を振ると、教室の方へと戻って行った。

 最後よくわからなかったが、まぁ明久も俺たちの関係を認めざるをえない状況になっているということだけはわかった。

 ――あとで謝っておくか……。

 明久にとったらとんだとばっちりかもしれない。

 あいつはあいつなりの意見を持っていて、それを俺に言っただけなのに妹である千夏ちゃんから精神的に痛みつけられて……。

 スマホで時間を確認すると、あと一分でSHRが始まる。

 俺は急いで校舎の中に戻ると、走って教室へと戻った。

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