第27話 家出①
終業式が終わった翌日の土曜日。
日差しが強く照りつけ、外の道路には陽炎ができている。
そんな猛暑日の中、俺と優樹菜は冷房の効いた自宅にこもっていた。
優樹菜は、ピンクの半袖に黒のショートパンツととても涼しげな格好をしている。
そして、昼下がり。俺たち二人は両親にリビングへ来るよう呼び出された。
どうやら話があるようで、その内容は聞かなくてもわかっている。
俺と優樹菜は表情を強張らせながらもリビングに向かうと、ダイニングテーブルの方に親父と母さんが並んで座っていた。
今日は、珍しくも両親とも会社は休みらしい。
「そこに座れ」
低くて短い親父の声が響いた。
俺たちはそれぞれ両親の対面席へと座る。
母さんはなぜか複雑な表情をしていて、親父に関しては厳格そのものだった。
こんな親父の顔、今まで見たことがない。
とうとうこの日がやってきたか……。
ふと隣に座っている優樹菜を横目でちらっと見る。
とても不安そうな顔をして、膝の上を見つめていた。
「今日、呼び出された理由はわかっているだろうな?」
「ああ、わかってるよ」
親父と俺の視線がぶつかる。
「単刀直入で訊く。お前は優樹菜ちゃんとどういう関係なんだ?」
すべての音がシャットアウトされたような感覚に襲われた。
確実に何かの音が常に聞こえているはずなのに今は何も聞こえてこない。まるで、外観から切り離された……そんな錯覚すら覚えてしまう。
――どう答えるべきか……。
答え方によっては今後の展開が変わってくるかもしれない。
それによって、俺たちのことを認めてくれる……可能性としてはかなり低いがないわけではない。
俺は考えた。
部屋は暑くもないのに背中や額からは汗が滲みでて、少し寒い。
俺と優樹菜の関係……ここはやはり正直に言うしかない。下手に誤魔化しても状態が悪化するだけだ。
「俺と優樹菜は……」
息が苦しい。
喉がからからで声を出すことすらきつく感じる。
俺は一度視線を膝上に落とした。
膝上に置かれていた手は自然と拳を作っている。
「俺と優樹菜は……恋人関係だ!」
顔を上げ、思いっきり叫んだ。
親父と俺の視線が再びぶつかり合う。
だが、親父は動じた様子も見せず、沈黙するばかり。
どれくらいか、睨み合いの末、親父が小さくため息をついた。
「歩夢。お前がどういう立場なのか、わかっているのか?」
「どういう立場って……」
「お前は優樹菜ちゃんの兄なんだぞ? なのに、なんで恋人になってるんだ?」
「なんでって、それは好きだからに決まってるだろ」
「そうは言ってもだな、兄妹で付き合うのはおかしいと思わないのか?」
「どこがおかしいんだよ……。俺と優樹菜は実際には血の繋がりはない。義理の兄妹だ。法律だって、義理で結婚しちゃいけないとは言ってないだろ」
「それもそうだが、社会一般的に考えてみろ。義理とはいえども兄妹だ。兄妹間で付き合うなんて世間からしてみたらおかしな話だ。例え、私たちが認めたとしてもお前たちは世間から好奇な目で見られるんだぞ?」
「俺はそれでもいい。優樹菜ともそのことは話し合っているし、そこのところは問題ない」
「だけどな……」
「なら、家族だからと言う理由でこの恋を諦めろって言うのかよ……。俺は優樹菜のことを中学の時から好きだった。それも親父が母さんと出会う前からだ。それなのに再婚したからその恋は諦めろって言うのか? そんなの身勝手すぎるだろ! 親の理由で別れろだなんて、あまりにも酷だ……」
親父からの反論が止んだ。
それまで険しい表情をしていたのが、今となっては母さんと同様に複雑な顔になっている。
別に両親が悪いとは言っていない。
俺が言いたかったのは、親の身勝手な言動で俺たちの人生まで奪う気か? ということだ。
俺としてはこれ以上、何も話すことはない。
「行くぞ……」
俺は、優樹菜にそう声をかけると、席を立って、リビングを出る。
もう家にはいられない。
こんなことがあったのに両親と家で過ごすだなんて当分の間は無理だ。
ここは最終手段に出るしかなさそう。
階段を登り、自室にたどり着くと、事前に用意しておいた旅行カバンを手に取る。
優樹菜も同様にそれを持つと、二人して階段を再び降りる。
「お、おい! どこに行くつもりだ!」
それを見かねた親父が止めに入るが、俺は強引に振りほどいた。
「しばらくの間……家でするから」
家出するのに親へわざわざ報告している自分が滑稽すぎる。
でも、黙って家を出るよりかはこっちの方がむしろいいだろう。
あまり心配させすぎて警察に相談されても困るしね。
「どこか行くあてはあるのか?」
「ない。けど、気持ちが落ち着くまでは二人きりにさせてくれ。貯金はあるし、数週間はホテル滞在はできると思うから」
親父はどのくらいか黙考する。
「そうか……。じゃあ、好きにするといい」
「パパ……」
「ママ、心配ないさ。歩夢はこう見えて強い子だからな。今はそっとしておいて、気持ちの整理をさせてあげよう」
そう言って母さんをなだめると、親父たちはリビングの方へと戻って行った。
「俺たちも行くか……」
「そうですね……」
生まれて初めての反抗だ。
行き先なんて決まっていないが、とりあえずはホテルしかないかもしれない。
明久に連絡してもたぶん親がいるからという理由で長期間は無理だろう。
ここら辺りで一番安いホテルでも探してみるか……。
俺たちは家を出ると、さっそくスマホでホテル探しを始めた。
それにしても……暑すぎる!
☆
スマホで調べ、なんとか近くで一番安いホテルを見つけることができた。
俺たちはすぐにそこへと向かい、フロントへと向かう。
今回見つけたホテルはいわばビジネスホテルだ。
ただ寝泊まりするだけの機能しか持たず、朝昼晩のご飯は自分たちで用意するか、ホテル内にある食堂で摂るしかない。
それでも一泊一人二千円だからいい方だろう。
当初はネットカフェも考えには入れていたが、あそこはなんというか……これは俺の偏見にすぎないが、やめといた方がいいと思った。漫画やアニメ、PCゲームなどを楽しむくらいならいいものの、寝泊まりのことを考えると、環境が悪すぎる。
お金も二人合わせると、まぁまぁな金額を保持しているし、そこまで節約しなくてもいいだろう。
「あの、宿泊したいんですけど……部屋って空いてたりしますか?」
俺がフロントにいる若い女性の係員にそう訊ねると、なぜか不思議そうな顔をされた。
「お部屋は空いておりますが、ツインをご希望でしょうか?」
「はい」
「申し訳ございませんが、差し支えなければ、お二人の間柄を教えていただけないでしょうか?」
なるほど……。
この人はどうやら俺たちがカップルなんじゃないかと疑っているようだ。
カップルであれば、部屋であんなことをされたらその後の事後処理や近隣の部屋に迷惑がかかる。
だから、ここで確認をして、もしカップルであれば、お引き取り願おうっていう考えか。
まぁこの人が思っている通り、俺たちはカップルではあるが、そのような行為はしない。
「兄妹です。ちょっと諸事情で何泊か、滞在させていただきたいんですけど……」
別に嘘はついてないからセーフだよね。
若い女性係員は何度か俺と優樹菜の顔を見返す。
「そうでしたか。失礼なご質問をしてしまい申し訳ございませんでした。部屋は空いておりますのでこちらの番号でお願いします」
そう言われ、差し出された鍵を受け取ったと同時に名簿に実名を書いてから、俺たちは部屋へと向かった。
部屋は、鍵に書いてある番号を見るにどうやら最上階である三階のようだ。
エレベーターで三階へと向かい、その部屋までたどり着く。
「結構広いな……」
ツインということもあるのか、思っていたよりも中は広くて、綺麗だ。
ここがビジネスホテル? 普通のホテルとなんら変わりもないじゃないか。
室内にはベッドが二つあり、脱衣所、お風呂、トイレが備え付けられている。
俺たちはとりあえず荷物を適当な場所に置いた。
「お兄ちゃん、これからどうするのですか?」
「そうだな……。どこか町中でもぶらぶらしとくか?」
「そうですね。私、ちょっと行きたい場所があるのですが、付き合ってもらってもいいですか?」
「ああ、それは構わないが……」
そう答えると、優樹菜は「ありがとうございます」と本当に嬉しそうに礼を言うと、俺の片手を取り、引っ張る。
「お、おい!」
「さっそく行きましょ! 時間がもったいないです!」
俺は優樹菜に引っ張られるがまま、部屋を出た。
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