第22話 優樹菜の過去③

 その日の夜。

 俺は、優樹菜が眠りについたことを確認すると、ちょうど仕事から帰宅して来た両親をリビングに呼び出した。

 両親はなんだろうというような顔をしつつも、ダイニングテーブルに座り、その対面に俺は座る。


「それでこんな時間になんの話なんだ?」


 くたくたによれたスーツ姿の親父がさっそく訊ねてきた。

 今日の出来事は優樹菜から口止めされている。

 本人がいないところで勝手な行動をするのはもちろんいけないことではあるけれど、妹のことを考えると、やはり大人の力を借りなくては解決しない。

 それにこの問題はもはや優樹菜だけのものではない。

 俺たちはもう家族となった。ならば、これは家族の問題ではないのだろうか? 連帯責任という考え方に近いが、俺はそうだと思っている。

 どう説明したらいいのやら……俺は話の糸口を慎重に探りながら口を開く。


「今日、昼頃に優樹菜の実父と名乗る男が現れたんだ……」


 その言葉を聞いた母さんは大きく目を見開く。

 俺は続けて話をする。


「それで優樹菜を取り戻しに来たって言ってた。母さん……優樹菜の実父とはもう縁が切れてるんだよね?」

「え、ええ……。離婚する時もちゃんと裁判して親権を取ったし、それこそ引っ越す際はあの人からなるべく見つからないようにしたわ……」


 母さんはわかりやすく動揺していた。

 一方で親父はというと、話についていけてないようでイマイチわからないというような顔をしている。

 この二人は再婚の際、互いの過去をあえて触れないよう約束していた。

 再婚という新しい出発点で嫌な過去などを知りたくない知られたくない、一から始めたいという思いで双方合意したみたいだが、今に至ってはそうはいかない。

 そのことは母さんも重々に理解しているようで、親父の方に向き直ると、事の経緯を話し始めた。

 優樹菜が長い間、実父から身体的、精神的、性的な暴力を受けていたこと。実父は働きもしない最低な奴で自分が日中働きに出ていたこと。それが原因で優樹菜の苦しみに早く気がついてやれなかったこと。

 母さんは涙ながらに語った。

 それらを聞いた親父の表情は次第に険しいものとなっていく。

 気がつけば、机の上に置かれていた親父の手は爪が食い込むほどに力強い拳がつくられていた。


「そんなことがあったのか……」

「私がもっと早く気づいてあげれてたら……」

「ママは悪くないよ。日中ずっと働いてたんだろ? なら、こういう言い方をするのは悪いけど、仕方がない……」

「パパ……どうしたらいい?」

「どうするもなにも、警察……いや、警察は事件が起きない限り動いてくれないからなぁ……」

「じゃあ、裁判所に訴えるっていうのはどうなんだ? 少なくとも妥当な理由があれば、接近禁止令とか出してもらえるだろ?」


 世界はどうなのか知らないが、日本の警察は事件が起きないと本格的に動いてくれない。

 こうなってしまえば、もはや裁判所しか頼れるところがない。


「そうだな。歩夢が言う通り、裁判所に訴えるっていう手段も必要かもしれん。一応、明日仕事を早上がりして、知り合いの弁護士に相談してみるよ」

「ありがとうパパ」

「何を言ってるんだよ。優樹菜は私の愛娘なんだぞ? 息子より大切だと思っている。父親として当然のことだろ?」

「パパ……」


 なんかいい雰囲気になっているが、さらっと酷いことを言われたような気がする。

 自分の娘を大切に思うことはいいが、せめて同等くらいには大切にして!

 と、思うところはあるが、粗方な方向性は決まった。

 俺はコホンと咳払いをする。


「今日のことは、優樹菜には内緒にしてくれないか? 優樹菜はこのことについて結構気にしてるし、それこそ再婚した親父たちには迷惑をかけたくないとか考えてるからさ」

「わかった。歩夢、話してくれてありがとな」


 ひとまず両親の力を借りることができた。

 優樹菜が親父に対し、少しぎこちない態度を取っているのも実父のことがあったからなんだろう。

 これでよくなっていけば、もしかしたら親父と優樹菜の関係も改善していくかもしれない……。

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