第23話 優樹菜の過去④
それから数日が経過した。
あれ以来、優樹菜の実父は現れていない。
知り合いの弁護士に相談した親父の話によると、一応何も危害を加えられていないということもあって、法的手段に出ることは現状難しいらしい。
まぁ、たしかにそう言われてみれば、そうだと納得せざるを得ない。
が、このまま放置していれば、いずれ危害を加えられる可能性だってありうる。
約一時間の相談の結果、実父の方には、弁護士から忠告書というものを送ることになったみたいだ。
内容はどんなものなのかはわからないが、もし今後、優樹菜に何かあった場合は、法的手段に出ることも可能になってくる。
ひとまずは解決ということでいいのだろうか?
学校からの帰り道。久々に傘を持たず、優樹菜と並んで歩く。
周りは夕日の色に染められ、少し眩しさすら感じる。
ふと優樹菜の方に目線を向ける。
目がばっちりと合ってしまった。
「どうした?」
俺は訊ねてみた。
すると、優樹菜は視線を正面に戻す。
「なんでもないです……」
「そうか……」
ここ最近、優樹菜の様子がどこかおかしい。
なんというか……元気がないと言えばいいのか、とりあえず冷めているような感じが常にある。
もしかして……夏バテか?
そう思うこともあったが、まだ七月にもなっていないし、この時期の気温は高くても二十八度前後と、暑いことにはそうであるが、決して体調を崩すほどでもない。
そもそも学校と家にはクーラーが完備されているし、水分補給だってちゃんとしている。
毎日、俺より規則正しい生活をしている優樹菜が夏バテになっているというのは考えづらい。食欲もちゃんとあるしな。
そうなってくると、なんらかの悩み事なのだろうか?
実際、思春期の男女には一つや二つくらい悩みごとはある。
俺だって、相談しづらいような悩み事はあるし……この場合はどうすればいいんだ?
ここは彼氏としてではなく、兄として悩み事を解決してやりたいという気持ちはあるが、はたして聞いていいものなのだろうか?
……とは思いつつも、結局のところはわからない。
悩み事なり、直接聞いてみないことには根本的な原因にはたどり着けないだろう。
「優樹菜、最近元気がないみたいだけど……何かあったのか?」
俺は、再び視線を優樹菜に送る。
「別に何もないです……」
優樹菜の表情が沈んでいるように見えた。
「何もないわけないだろ。そんな顔されたらなおさら心配になる」
そう言うと、優樹菜はハッとした顔を見せる。
何を抱え込んでいるのかは知らないが、もう少し兄である俺を頼ってほしい。
俺たちは兄妹なんだから、一人で何もかも背負う必要はないだろ。
と、こんなことを優樹菜に言ってもわかってもらえるかどうか……。
ただでさえ、優樹菜は実父との問題を一人でなんとかしようとしていた。
優樹菜自身ではどうにもならないということはわかっていたはずなのに頼ろうとしない。たぶんだが、家族という本当の関係を知らないのだろう。
家族とは、個々それぞれで思うところがあり、はっきりとした定義はないと思う。
それこそ、俺たちのような血が繋がっていなくても家族と言えるし、相手との婚姻関係や親族関係がなくても家族と呼んでいるところが稀にあったりする。
これらを考えるに家族とは、互いを思いやり誰よりも大切に思うことができる集まりのことを言うのではないだろうか?
家庭内暴力や虐待といったところもあるが、あのような連中は家族とは言えない。ただの他人の集まりに過ぎない。
優樹菜もそうだ。
これまで実父から様々な苦痛を強いられてきた。
頼れるのは母さんのみ。でも、母さんは実父が働かないということもあって、家庭を支えるために日中から仕事に出ていた。
こんな状況下で育った子どもはどうなる? 家族というものが本当はどういうものなのか知らずに育ってきたと思わないか?
つい熱くなってしまったが、これからのことを考えるに優樹菜には家族がどういうものなのか、一度知ってもらわなくてはならない。
優樹菜はどのくらいか黙考した後、顔を俺の方に向ける。
「実は、先日のことなんですけど、友人と昼休み話している時にお兄ちゃんの話題になったんです」
「俺の話題?」
なんで俺の話が出てくるんだよ。てか、昼休みいないなぁとは思っていたけど、ちゃんと友達と昼食をとったりしていたんだな。
なんだか、友達がいつの間にかできていたことに少しホッとしてしまう俺。これが俗にいう兄ごころっていうやつか……。
「なんと言いますか、いきなりその話題になってしまったんですけど、私、休み時間になるたびにお兄ちゃんの元に寄ってたじゃないですか?」
「まぁ、そうだな」
「それを見ていた友人が私に訊いてきたんです。歩夢くんとはどういう関係なのかって。それで私はこう答えたんです。あくまで兄ですと」
俺たちの関係は決してバレてはいけない。
これは学校に限らず、両親にもだ。
仮に付き合っていることがバレてしまえば、確実に社会的に俺と優樹菜は死んでしまう。
義理の兄妹で法律上は何ら問題がなくてもそうだ。
兄妹で付き合うなんてどうかしている……この国のほとんどの世間はみんなそう思っている。
優樹菜の表情はとても複雑なものになっていた。それは俺も同じだろう。
俺たちは付き合ってますと堂々と宣言もできずに関係を続けることは、結構狭苦しくてきついものがある。
「仕方がない。こうなってしまった以上俺たちはずっと嘘をつき続けなければならない」
「そう、ですよね……」
本当はずっと嘘をつかなくてもいい。
二人で駆け落ちして、籍を入れてしまえば、それはもう本物という形になり、国から正式に認められたのも同然になる。
けど、今の俺にはそう言い切れる自信が正直なかった。
男として情けないのはわかってはいるが、今後優樹菜と関係が続いていくかどうかを考えると、絶対とは言い切れない。何らかの原因などで消滅してしまう可能性があるからだ。
これは可能性だけの話であって、俺自身その何らかの原因を作るつもりはない。優樹菜一筋だ。
「それでその友だちはなんて答えたんだ?」
「そうだよね。義理とはいえ、兄妹で付き合うなんて気持ち悪いもんね。なんか変なこと聞いたりしてごめんね。です……」
やはり俺たちの関係は、みんなから受け入れられてもらえなさそうだ。
俺は、優樹菜の頭にポンっと手を置く。
「気にすんな。誰がどう言おうたって、別にいいじゃねーか。俺たちは好きで付き合ってるんだしな」
頭を優しく撫でてあげる。
優樹菜は気持ちよさそうに目を細めながら、こくんと頷くだけだった。
そうだ。
俺と優樹菜が付き合っていても他人には関係ない。俺たちの人生に口出しをする権利なんてどこにもないんだから。
相変わらず、夕日が眩しい。
俺は手を下ろすと、そのまま優樹菜の手を握る。
優樹菜は少し驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかい微笑みを返してくれた。
人生で今が一番幸せだと思う。毎日がどんどん幸せで塗りつぶされ、楽しい。
こんな日々があとどれくらい続くのだろうか……ついそんなことを思ってしまったが、脳が考えることを強制的に拒んでいる。
「優樹菜、今日の晩ご飯は何だ?」
「昨日、残ったカレーです」
「ですよね」
本音を言うと、毎日違ったメニューを食べたいと思っているが、わがままだろうか?
「嫌なら食べなくていいです。私が全部食べますので」
「いや、それだけは勘弁して! 餓死したくないから!」
二人の間でクスクスと笑い声が響いた。
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