第1話 神の悪戯
俺の名前は、上村歩夢。地元の高校に通っている十六歳だ。
見た目は自分で言うのもおかしな話ではあるが、普通だと思っている。その他の成績や友人の数もごく一般的で、部活などの学外活動については何もしていない。
今年の春で高校二年生に進級したばかりの、どこにでもいそうなこの俺にまさか義妹ができるとは思っても見なかった。
しかもその義妹が俺の好きな人である。神は時と場合によっては、悪戯を仕掛けるとかそんなことをラノベだったりでよく表現されているが、まったくのその通り。おい、神様! これは一体どんな悪行なんだよ!
この世に神という実体が存在していれば、抗議しに行きたいもんだが……所詮は空想の人物。……人物という表現が正しいのかどうなのか、一瞬そんなことが頭の中をよぎったが今はそんなことはどうでもいい。
休み時間になってからというもの、俺はその度にこれからのことについて悩んでいた。これからのことというのはもちろん義妹との関係性である。
「よっ。まだ悩んでるのか?」
「なんだ。明久か」
俺の目の前の席に座っている明久が体勢を後ろに向ける。
こいつの名前は秋元明久。野球部のエースであり、中学校から付き合いのある親友だ。
明久は、俺の反応を見るなり、大仰なため息を吐く。
「そんな悩むことないだろ。というか、お前羨ましすぎるだろ……」
「普通に悩むだろ! てか、どこがどう羨ましいんだ!?」
「どこがどうって、好きな人とまず同居だろ? そんでもってその義妹になった子は学校一の美少女ときたもんだから……なぁ、俺とお前入れ替わらないか?」
「無茶なことを言うなよ……」
たしかに客観的に見れば、羨ましいシチュエーションに思えるだろう。よくアニメとかでも可愛い義妹とどうたらこうたらってあるし、こんなのが現実に起こり得るとは到底思えない。
でも、俺の現状としてはそれが起こっている。
義妹である橋本優樹菜……もとい、上村優樹菜は明久が言っている通り、学校屈指の美少女であり、男子からの人気が絶大だ。
長い黒髪にパッチリとした瞳。唇は小さく、肌は透き通るように白い。
これだけでも女子としては完璧と言えるのに、優樹菜の場合はさらにその上をいく。成績は常にトップを維持し、運動神経も抜群の才色兼備。部活動こそしていないが、入学時はその噂が校内に広がり、いくつもの部活から勧誘があったらしい。結局、何かしらの理由で誘われた部活全てを蹴ったみたいだが、それくらいに優れている。
性格はどちらかと言うと、冷たい方ではあるが、別に極端に無視をしたり、笑顔を見せなかったりというわけではなく、みんなに平等というのだろうか? 特定の人物と仲良く接したりということはなく、あの様子だと友人と呼べる存在はおそらくゼロに近いだろう。
そんな子が俺の妹……優樹菜のことは中学時代から好きではあったが、なかなか告白する勇気が持てないでいた。
優樹菜と同居を初めて二日。部屋は別々ではあるけど、自室の壁一枚を隔てた隣に好きな子が着替えをしたり、寝たりしていることを考えてしまうと、ずっとそのことが頭を離れずに眠れなくなってしまう。ちなみに昨日から今朝にかけてこの体験をしたために今日は寝不足気味である。
「歩夢、そういえばなんだが、お前たちは家ではなんて呼び合ってるんだ? やっぱり“お兄ちゃん”とか“兄さん”って呼ばれてたりするのか?」
明久の顔が気持ち悪いほどにニヤケていた。
「んなわけないだろ……。普通に下の名前で呼ばれてるよ」
「下の名前か……。前は“上村くん”って呼ばれてなかったか?」
「まぁそうだけど、同じ苗字になってしまった以上それもおかしいだろ? だから仕方なく下の名前で呼んでいると思う」
実際に俺と優樹菜はそこまで話す間柄ではない。
それこそ優樹菜が俺の家に引っ越してくる前までは本当に顔を合わせても挨拶程度だったし、まともな会話をしたのは数ヶ月くらい前だった。
こんな関係だというのにいきなりの同居生活……羨ましいと思うか? 少なくとも俺は思わない。好きな子ではあるが、一緒の家に住んでいれば、それはもう気まずい場面ばかりだ。お風呂上がりのシャンプーの匂いとか、無防備な部屋着姿とかさ……俺の理性いつか崩壊すんじゃねーの?
とにかく今の現状をどう考えても進展はなさそうだ。
もし仮に紆余曲折な事情を経て、付き合うことになったとしよう。その後が結構大変じゃないだろうか? 一つ屋根の下には親父と優樹菜の母さんがいて、その子ども二人は恋人関係。これを知られてしまったらどう思われるのだろうか? 法律的には義理であるため、結婚とかは問題なくできる。が、世の中の常識的に考えて、義理とはいえ、兄妹だ。兄妹で付き合うということがあってはいけないと言う古臭い考えを持った大人が現れるかもしれない。
両親の再婚……俺の実母は出産直後に病気で亡くなったらしい。親父の話では俺を生むか、それとも病気の治療に専念するべく流産させるかで実母と揉めたらしい。けど、最終的には実母の意思を尊重して俺を生むことを決意した。
俺は母親という概念がイマイチぴんとこない。母親とはどういう存在なのか……俺にはわからないでいた。
だから今回の親父の再婚には反対はせず、むしろ賛成をしていた。一度でもいいから母親という存在に触れてみたかったのかもしれないな。
今回のこれは俺に対する何らかの試練か、それとも優樹菜と結ばれるためのチャンスか……どちらなのかはわからないにせよ、慎重に行動していかなければならない。
何かしらで嫌われてしまえば、もう俺の人生は終わったも同然。嫌いは好きのうちとか言うが、現実はそうじゃない。嫌いは嫌い。好きは好きだ。ツンデレなんてこの世界には一人たりとも存在しない、いわば神と同じ扱いだ。
「おっと、そろそろ休み時間も終わるな……」
明久はそう言うと、体勢を元に戻し、前を向く。
ふと、本当に何気なく、教室の中央辺りに席がある優樹菜の方に目線をちらっと向ける。
一瞬ではあったが、目が合ったような気がした。
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