第22話

 到達点。その言葉について、ノアは聞き覚えがあった。

 特殊なスキルを除き、スキルには効果によって名前の末尾に壱から伍までの番号が割り振られる。

 しかし、そこにも特殊な存在があるということを、魔法研究所に務めている間に聞いたことがあった。数字ではない、しかしそのスキルの頂点であるという意味を表すものがあるというのだ。

 しかしその時のノアはそこまで重要視していなかった。完全にランダムで授けられるスキルにはそこまで期待はせず、魔法関連の研究に役立つものだったら良いんだけどな、と軽い気持ちで考えていた。




 □■□■□




 身体が、燃える。


 ノアが授けられたスキルを理解した時、感じたのは熱だった。身を焦がすのように、黒く燃える炎が身体を内側から燃やし始めたのだ。

 叫び声は上げていただろう。だが身体中から魔力が高温の熱を持って吹き出しており、自分の声なんて聞こえていなかった。

 魔力はノア自身を中心に渦を巻き、濃度が高まると比例して渦を巻き始める。内からあふれた魔力だったが、自らに降りかかった異常事態に錯乱したノアは、まともに制御する事ができなかった。

 始めは足元から。両親から渡された礼服と共に、炭になった木炭のように指先が崩れた。それをきっかけに身体のいたるところが砂のように崩れ始めた。熱と痛みに悶え苦しむ中、末端から身体が消えていくのを感じていた。

 目は開いているはずなのに、視界は黒く染まっている。自身が業火に焼かれているかのような轟音に聴覚も機能せず、残っているのはただ自分が消えていくのを待つだけ。

 どうしてこんなことになってしまったんだ。僕は何も望んではいなかった。マヤの未来を願っただけだ。それこそが高望みだったということなのか。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ! これからだったんだ。大人として認められるまで待ち続けて、やっと自分の足で歩き始められると思っていたのに。

 これで終わりなのか。本当に、こんな神様のさじ加減で僕は死ぬのか。

 死にたくない。死にたくない! まだ何もしていない。怖い。星になるって決めたのに。怖い嫌だ。あんなに悔しい想いをしてまでマヤに告げたのに! 嫌だ怖い怖いよ誰か。


 ――――助けて。


 その思いが通じたのかどうかはわからない。しかし、ノアがそう願ってから、黒に染まった視界に白く淡い光が映りこんだ。

 唯一の変化を見つけ、藁にもすがる思いで光を目で追う。必死で腕を伸ばす。僕はまだここにいるんだ。誰か、どうか、手を取ってほしい。

 伸ばした手は、虚しく空を切る。掴もうとする手はまだ残っていただろうか。白い光はまだ見える。一度は遠く離れてしまった光が、まだ近づいてくれている。

 ノアはその光を見て、どこか安心感を覚えていた。ああ、なんて優しいんだ。僕の願いに応えてくれる何かがあったなんて。

 その光が何なのかはわからない。だがそれでも、最後にはノアに追いつき優しく包んでくれていた。


 もう痛みも熱も感じない。薄れゆく意識の中、ノアの心は安らかだった。




 薄暗く狭い場所だ。再び意識を取り戻して周囲を見渡したノアは、そんな単純なことを考えた。

 頭が重く、熱も感じる。痛みは無いが身体全体がだるい。風邪を引いた時のような倦怠感に苛まれながらも、自分の置かれている状況の確認に努めていた。

 視界の先に光源が確認出来た。まるで柵が間に刺さっているかのように縞模様で光が漏れている。火の揺らぎがなく安定しているので魔法を用いた器具なのだろうと推測した。

 そして、そこに白衣を羽織った男性がいた。白衣と衣服によって身体の線はわからないが、唯一見えている顔や手がまるで抜け殻のように細く痩せこけていた。放置しているのかボサボサの髪が腰まで届いている。

 男性はデスクの上に置かれた資料をじっと眺めている。光源が弱いのかとも感じられたが、生気を感じられない体型なのに、目だけが猛獣のようにギラリと光っていた。

 しかしノアは疑問に思う。妙に見え方がおかしい。男性が長身のように見えるが、まるで上から見下ろすような視点だ。

 今ノアはうつぶせになっているはずだ。それなのに見下ろすというのはどういうことだろう。そう考えていると、男性がノアが目を覚ましたことに気づいたのだろう、手に持っていた資料をデスクの上に置いてノアへと視線を向けて近づいてきた。



「目を覚ましたようだな。私の言うことはわかるか?」



 小さく、かつ掠れた声で男性が問いかける。なんとか聞き取れたノアは、倒れた姿勢のまま顔を動かす。



「ふん、やはり人の言葉がわかるか。やはり元は人間か」



 男性がやはり聞き取りにくい声で再び呟く。それを聞いてノアは動けないながらも首をかしげる。


 ――元は、人間?


 ノアはなんとか声をあげようと口を動かすが、息が漏れるのみで声が出ない。身体が動くことを拒否しているが、全く呑み込めていない状況を打破しようと、強引に力を込めて声を上げた。

 それを聞いて一番驚いたのはノア自身だった。自分の声とは全く違う獰猛なうめき声がノアの喉から鳴り響き、何が起こったのか理解できなかった。

 身体の倦怠感なんて一瞬で吹き飛んだ。パニックになったノアは無理やり身体を起こすが、そこで自分の手が見えて再び驚愕する。

 人の手ではなかった。五本に分かれてはいるが、まるで爬虫類を思わせる黒い鱗に覆われた肌と鋭い爪。自分の手の感覚がある場所に、そんなものがあったのだ。


 ――これが、僕の手?


 理解が出来ず、気づけば再び叫んでいた。響く重低音の音が再び鳴り、それすらも何かの鳴き声にも感じられた。薄暗いことで自分自身の全体像が分かっていないが、今まで感じたことのない身体の感覚だ。手、足、身体以外に動かせる部位がある。背中に対となる何か、腰より下の尾てい骨より先に長く。自分の身体の異変にノア自身が理解できず錯乱していた。



「叫ぶな、やかましい」



 ノア自身の声にかき消されながらも、男性がノアに向けて不機嫌さを一切隠さず悪態をついた。



「今になって自分のことを理解できたのか。元人間であるのならば当然だろうな。ノア=ファリノス」



 男性がノアの名前を挙げた。人から離れた何かになっているにも関わらず、ノアをノアと理解している。この男性は現状を含めノアのことを把握していると分かり、疑問の視線を向ける。

 実際はノアは尋ねていたのだが、声を上げても言葉を発せられず伝えられなかったのだ。



「ちっ、会話が出来ないのは非効率だな。準備するか」



 苛立ちを一切隠さず、頭をかきながら再びデスクに置かれた資料に目を通し始める。



「ノア=ファリノス。今年で成人になる男。冒険者教会の職員であるトレンツ=ファリノスの息子。魔法研究所にも非正規ながらも在籍し、職員で教授格のカール=ノルダールとも友好を深めている」



 すらすらとノアの経歴を話す男性に、ノアは驚く。何故自分をここまで調べているのかと。



「一年前、魔物が発見された際に遭遇し生き残った一人として冒険者としても有望視。また、魔法研究所でも知識や発想力を買われており、成人後の進路が注目されていた。が」



 淡々と文章を読む男性。自分の評価を読み上げられることが何とも言えないもどかしさがあったが、男性の語尾に不安を煽られる。

 そしてノアは次第に思い出す。そうだ、成人式でスキルを授かった時に何かが起きたんだ。自分の身体が焼ける感覚。黒く染まる視界。崩れていく身体。最後に見た、ノアを包み込む優しい光。

 自分の身に何が起きたのかを知りたかった。視線でノアは男性に先を急がせる。しかし男性は何の素振りも見せずに書類を読み上げる。



「スキル付与の儀式にて得たスキルの影響と推測されているが、身体から魔力を爆発的に放出。その場にあった全てを吹き飛ばした。同時に可視化される程の濃密な魔力に覆われて会場に魔力溜まりが発生。奇跡的に居合わせた人間に死者はいなかったものの、物理的な負傷や大量の魔力を吸い込んだことによる昏倒等、重軽傷者は多数。その後、白い光と共に魔力溜まりが急速に縮小し、消えたと同時に濃密な魔力のような黒いドラゴンが会場に横たわっていた」



 読み上げていた資料をデスクへ置き、壁まで移動してパネルを操作する男性。すると部屋に設置されていた照明が点灯し、一気に明るくなった。思わず目を細めるノアだが、それにより自分の姿を見ることが出来た。



「成人式から一日。救助された人間の中で、行方不明者が一人……君だよ、ノア=ファリノス」



 鱗。長く伸びる尻尾。四肢にある爪。背中に広がる翼。その全てが黒く染まっており、語られていたドラゴンそのもののようであり、正真正銘の化物のようだ。

 動揺、そして恐怖。ノアは悲鳴を上げることしかできなかった。

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