第21話
ハダル会館の来客用応接室。スキル付与の儀式が執り行われる会館の更に奥に用意されているそこに、マヤはいた。
マヤはスキルを付与された後、神父に連れられて会場の奥にある扉の向こうへと連行された。その先に成人式でフーリーエ=スフィオと名乗った司教が待ち構えており、そのまま応接室へと移動することになった。
「良い茶葉が手に入りましてね。ここは使われる頻度が少ない場所ですから、このような機会に消費しておきたいのですよ」
そういって手ずから紅茶を入れるフーリーエに、マヤは沈黙で返答した。真っ白な長方形のテーブルを中心に、二つ向かい合って置かれた三人程度座れる大きさのソファの片方にマヤは座っていた。
物が過度に少ない部屋だ。椅子とテーブル、食器または資料が収納されているだろう戸棚が部屋の角図に二つ並ぶ。ただそれだけ。
しかし椅子の手触りや柔らかさ。傷一つない真っ白なテーブル。長い年月を感じられる木目のあるアンティーク調の戸棚。質素にも感じられる部屋だが、配置される道具一つ一つから格式の感じられる。
マヤは目を閉じて意識を内側へ向けている。スキルを付与されてから、身体に気力が満ちている。体内の魔力の流れも細かく把握できており、今なら何でも出来るような高揚感に溢れていた。
だからこそ、気味が悪い。
「このスキルは何なんですか? ここに連れてきたということは、ご存知なんですよね?」
常に何かから後押しされている感覚。分不相応なことでも可能に出来る確信。自分の力ではないと分かっているからこそ、この力はマヤに不快感を与えていた。
マヤはフーリーエに問う。聞き覚えのないスキル。それでいて強大な力。こんなスキルは知らない。これは一体何なのか。
「……神聖術」
紅茶の入った食器をテーブルに置き、マヤの前に運びながらポツリと、フーリーエが零す。それがマヤの授かったスキル。数字の割り振られない、特殊なスキルだ。
しかしマヤは神聖術という言葉は聞いたことがないのだ。魔法の種類でもない。魔法研究所に関係するカールとノアが身近にいても、断片的にすらそんな言葉は拾っていない。
マヤはフーリーエに強い視線を送るも、彼はこともなげに肩をすくめて戸棚へと向かう。
「質問にお答えするとなると、よくわからないと言うしかありません。このスキルは、過去の記録ではわずかに四人しか与えられた人物がいないからです」
「四人だけ?」
「そうです」
戸棚から小さな木箱を持ってフーリーエが戻ってくる。テーブルを挟んで反対側、マヤの正面に来るように椅子に座り、木箱をテーブルに置く。
装飾は無いが、蓋の中央にエアリアル教のシンボルである照らす光と祈る人のマークが彫られている。フーリーエがそれを開けて中身を取り出すと、マヤに向けてテーブルの上に置いた。
それは人の顔が彫られたコインだった。その顔はマヤにも見覚えがあり、幼い頃にカールから学んだ歴史を思い出す。
フーリーエがコインを一枚、また一枚と置きながら年号と名前を列挙していく。
「共王歴六年、ブレイズ=アクター」
髪を剃り丸めた頭部と、長く蓄えられた髭が特徴的な男性。
「共王歴七十二年、アンジェ=グリザリス」
被り物で髪を全て覆い隠し、遠く空を見上げる痩せこけた女性。
「共王歴百十八年、ジーラ=コールワット」
大きな耳飾りが特徴的な、力強い眼差しを向ける横顔の女性。
「共王歴百八十七年、ディック=カストール」
兜を被り、戦士を思わせる強い眼光の男性。
四名全てにマヤは覚えがあった。過去の偉人として教えられた人々。共通して呼ばれた称号がある。それはーー
「……聖者様?」
マヤの呟きにフーリーエが頷いて返す。
「そして共王歴二百二十四年……貴方です。マヤ=ノルダール」
マヤはフーリーエの言葉を聞いて、呆気にとられていた。エアリアル教に個別で呼び出されたのだ、珍しいものなのだろうとは推測していた。
だが、自らの想定を頭一つどころか空高くまで飛び越えられ、理解が追いつくまでに時間がかかってしまった。
「私が、聖者様と同じスキルを?」
「はい。しかしそれが具体的に何が出来るようになるスキルなのかはわかりません。わかっているのは、皆が皆聖者と呼ばれるに相応しい偉業を成したということだけ」
ようやく声を上げられたと思ったが、フーリーエからは具体的な答えは得られず、マヤは内心で頭を抱える。
情報が少なすぎる。過去の偉人である聖者様達と同じスキルが授けられました。実際に何が出来るかは分かりません。
何がどうなっている? どうすればいい? 私はただ……
マヤの脳裏に浮かんだのは、冒険への憧れだった。未知の冒険への好奇心。冒険者協会での厳しい訓練を受け、それでも折れず邁進してきた。
それが、どうなる? 冒険者としての道は断たれてしまうのか? こんなことで?
「私に、何を望んでいるんです?」
マヤは意を決してフーリーエに再度問いかける。教えを乞うのではない、己の足で歩く為に。
フーリーエがマヤの眼差しを受けて笑い、口を開けーー
突如、部屋全体を揺るがす衝撃が起こった。戸棚が開いて食器が落ち、ガラスの割れる甲高い音が鳴る。しかしそれよりも激しい衝撃音が止まず響き、マヤもフーリーエも椅子の背もたれを掴んで体制を保とうと必死になった。
「何事だ!?」
近くに控えている者がいるのだろう、フーリーエが叫ぶ。その声を聞きながら、マヤは困惑品あらも思考を巡らせる。地震ではない。すぐ近くで何かが暴れている。マヤが状況を精査していると、応接室のドアが開いて一人の神父が倒れ込みながら入ってきた。
「何があったの!?」
「す、スキル付与の儀式で……急に爆風が」
マヤが神父へと叫び、慌てふためく神父が答える。授けられたスキルの影響で何かが起こったのは間違いないだろう。しかし身動きが取れない程の揺れがまだ続いているのは何故なのか。
「司教様はここにいて下さい!」
マヤは叫び、答えも聞かず走り出す。揺れによりバランスを崩しながらも危なげなく応接室を後にし、壁に手を当ててバランスを取りながら廊下を走る。初めての場所ではあるが、強風が建物内に吹き荒れており、風が吹いてくる方向へ進めばいいと判断できた。
揺れと風に苛まれながらもマヤは儀式の会場前に着く。両開きの扉が開かれており、片方が金具をも飛ばしてしまい倒れている。そこから覗く会場内の惨状に、マヤが絶句する。
「何、これ……」
黒く色付けし可視化されたような、正しく黒い竜巻だった。
会場内に暴風が吹き荒れ、壇上の演台や長椅子が吹き飛ばされ会場の壁際に積み重なっている。カーテンが外れ窓が吹き飛び日が差し込んでいるのだが、竜巻の黒に染まり明るさは感じられない。風に遮られているが、儀式では日の光が差し込まれ印象的だったステンドグラスも砕けてしまっていた。
風に吹き飛ばされたのだろう、壁際に倒れ伏している人達がいる。風に遮られながらも駆け寄って状態を確認する。命に別条がなさそうな人がほとんどだったが、長椅子の下敷きになってしまっている人もいるので早く救助しなければいけない。
それにしても、と。身体強化魔法を用いて積み重なった長椅子を下ろしながら、マヤは未だ吹きすさぶ竜巻を見る。あれはいったい何なのか。誰かのスキルなのだろう。だがどんなスキルを授かればこのような災害に匹敵するような現象を起こせるのか。
そう考えながら竜巻を観察していると、中心に誰かの人影が見えた。黒い風によりはっきりとは見えないが、マヤよりも背の高い誰かがいるのは見間違いではない。
やはり誰かが起こした現象だ。そう確信したマヤだったが、そこでふと疑問が浮かぶ。
あれは誰なのか。何故このようなことを起こしたのか。この会場で、まだ見つけていない
まさか、と最悪の考えが浮かんだのと。竜巻の中の
「ノア!?」
マヤは叫び、竜巻の中心にいる
足に力をこめ、前傾姿勢で少しずつ前へ進む。顔を覆いながらも
そして、見えてしまったが為にマヤの思考は停止する。
断面がまるで砂のように崩れ、風に拭かれて黒く染まる。この風はノアの身体の一部なのかとも思わせるが、ノア一人分の体積は優に超えている濃度だった。
欠落部位が多く、もう少しで人の形を無くしてしまうその輪郭。しかしその顔は……ノアの顔は、まだはっきりとわかった。
何かを叫んでいるのだろう。しかし吹き荒ぶ暴風により届かない。
何かを求めているのだろう、しかし伸ばした指先は崩れていく。
何かを探しているのだろう、そこでようやくノアがマヤを見つけた。
――助けて。
「きゃあ!」
横からの暴風に耐えていたところで、急激に方向が変わる。風が足元から胸元へ急激に吹き荒れ、踏ん張りが効かずに身体が浮ぶ。身体能力を強化しても、体重は変わらない。マヤは強風により吹き飛ばされてしまい、ノアとの距離が離れてしまった。
勢いは止まらずマヤは背中から壁へと激突する。かなりの衝撃だったが、歯を食いしばり耐える。ずるずると床に崩れ落ち、痛みが引いてきたところで荒くなった息を整える。あまりの強風で息が続かないのだ。更に黒い風が何か判断出来ていなかったことで、呼吸により体内に入れてしまうことに忌避感を覚えてしまっている。
だが、だからどうしたとマヤは顔を上げる。
あの中にノアがいる。聞こえなくてもわかった。あの中で、ノアが助けを求めている。
こんなもの《痛み》、魔物からの攻撃に比べれば可愛いものだ!
「スキルが何よ……聖者が、何よ!」
マヤは再び竜巻へと走る。黒い風を掻き分け、最速で。
左右上下から無遠慮に襲い来る暴風。だがしかし、今のマヤにとって障害ではなかった。
邪魔をするな。あそこでノアが待っているんだ。あんな状態で、手を伸ばしていたんだ。
マヤも気づかずうちに、マヤ自身から淡い光が溢れだしていた。それは黒い風を塗り潰し、容易にノアへの道を切り開く。
「神聖っていうくらいなら、目の前の人くらい救いなさいよ!!」
先程吹き飛ばされた場所よりも更に先へ。マヤが見えるノアの輪郭は既に胴体の殆どが崩れ、四肢はマヤへと伸ばす左腕のみ。申し訳程度に左腕と肩が繋がり、首も既に抉れ始めていた。
助ける、助けないではない。こんな姿で生きている人間なんていない。そんな変わりきっている状況を見ても、マヤは真っ直ぐにノアを見据えていた。
「ノアァァァァァ!!」
ノアが救いの手を伸ばすように、マヤも必死に腕を伸ばした。ノアの左腕を掴もうとするが、寸前に左腕がとうとう崩れ落ちてマヤの腕が空を切る。
そんなこと知るかと言わんばかりに、歯を食いしばって更に前へ。伸ばす両手は、崩れ始めたノアの顔へと届いた。
瞬間、マヤから発せられていた白い光が更に輝き始める。眩い光が二人を、会場全体を包み込んだのだ。
自分自身が状況を理解できないまま、気づけばマヤは意識を失っていた。
――――そして。
救助隊が組まれハダル会館に駆けつけた時、それを見た者達全員がその光景を見て絶句した。
どれほどの力で暴れまわったのだろう。破壊された椅子や窓、倒れ伏している人々。壁もひび割れ、天井にすら穴が開いて日の光が入り込んでいる。
そしてステンドグラスから差し込む光の中にマヤは倒れている。その両手はソレ《・・》の顔を抱きしめるかのように添えられていた。
そんな聖母を思わせるマヤに添われて横になるソレ《・・》を見て、この惨状はソレ《・・》が引き起こしたことだと理解したと同時に困惑した。
何故こんなものがここにいるのか。
黒い鱗に覆われた、一軒家と比較しても大きいと思わせる巨体。背中から生える、その巨体を包むことも可能な大きさの一対の翼。同じく胴体と同程度の長さに匹敵する尻尾の先には、大人の人間一人と同じ大きさの大針が生えている。
ソレ《・・》――巨大なドラゴンがマヤと共に横に倒れ、眠りについていた。
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