第20話
「――以上。皆さん。改めて、成人おめでとう! 唯一神エアリアスの祝福を!」
ハダルの街長からの長くありがたい話が終わり、舞台からにこやかに降りていく。登壇した彼もわかっている。成人式に出る者は皆、次のことで頭がいっぱいになるものだ。次とはすなわち、スキル付与である。
スキル。神より授かる新しい能力。これによって今後の人生が決まるといっても過言ではない。その瞬間が迫っているのだ。勉学を、武芸を、技術を積み重ねただろう。その道をそのまま進むのも新たな道を進むのも、正に神のみぞ知るだろう。ノアも神妙な表情を浮かべて式の行く末を見送っていた。
「以上を持ちまして、成人式を終了致します。続きまして、エアリアス教司教、フーリーエ=スフィオ様からのスキル付与儀式のご説明になります」
進行役の男性のアナウンスが入り、新たに初老の男性が登壇する。上下共に赤紫色で統一された立襟の背広姿であり、登壇された時には既に柔和な笑顔を浮かべていた。自身に注目する新成人達の心境が手に取るようにわかるのだろう。
「新成人の皆さん。まずは初めに感謝と祝福の言葉を送らせてください。この厳しい世界の中で成人と認められるまで育ってくれて、ありがとうございます。そしてスキルというエアリアス神からの祝福を授かること、本当におめでとうございます」
言葉を区切り、一呼吸置いてフーリーエが再び語りかける。
「これからスキルを授かることで、貴方がたの未来はどうなるでしょう。思い描く未来を後押し出来るのか。思いがけない未来を描くのか。スキルによりどのような未来が浮かぼうと、描くのは貴方がたです。どうか悔いのない選択を」
フーリーエが語り、一礼する。未来を描くのは自分自身。自分の選択は本当に悔いのないものなのだろうか。ノアは考え、首を振る。
どちらを選んでも、悔いは少なからず残ってしまうだろう。だから自分が納得出来る選択をした。それだけは胸を張って言える。だから前に進まなければ。マヤが誇れる星になる為に。
「それではスキルの付与について説明しましょう。この会場を出て右手に真っ直ぐ進んだ先が、スキル付与儀式の為に用意された会場がエアリアス教の簡易教会になっています。魔法研究所のスキル専門家と共に、貴方がた一人一人に私共の教徒が儀式を執り行います。会場に貴方がた全員が移動したことを確認次第、一人ずつ名前を読み上げていきますので、前に出てくるようお願い致します」
それでは、移動を開始して下さい。フーリーエがそう促すと、ぞろぞろと集団で会場を後にする。ふと左右を見渡すが、マヤの姿は見つからなかった。
未練が残っているな、と自嘲しながらノアも続いて会場から出て行った。移動した先は、五人程度が座れる長椅子を二つ横に並べ、それが複数続く縦長の部屋だった。左右に窓があるようだがカーテンを閉められており、光源は壁にかけられている複数のろうそくと、正面に大きく飾られている色鮮やかなステンドグラスから差し込む日光のみであり、全体的にとても暗い。
部屋の奥、正面にはフーリーエとは違う黒い背広姿の神父が待ちわびた様子でノア達を出迎えた。神父の左右に一人ずつ、同じく黒い背広姿の神父と、魔法研究所から派遣されたであろう白衣を羽織った中年の男性が立っている。
百余人全員が入れるスペースはあるので、先に入った者は椅子に座り思い思いの場所で名前を呼ばれるまで待機することになった。
ノアもそれにならって椅子へ座る。移動が遅くなったので後方に座ったノアは、手持ち無沙汰になったので正面にあったステンドグラスをじっと見る。
エアリアス神を描いたステンドグラスだった。両手を広げ、目を閉じながらもこちらを見下ろすその姿は、今ここに座る新成人達を見守ってくれているかのように感じられた。
全員の移動が終わったのだろう。一人、また一人と名前が挙げられ、呼ばれた者が前へと進む。正面は二段程度高くなっており、神父の前まで移動するとそこで待つよう告げられ、神父が両手を広げた。
その姿はステンドグラスに描かれたエアリアス神と被っているなと考えていると、ステンドグラスから差し込む光が強くなった。
――それこそ、正に奇跡と呼ぶものなのだろう。
言葉に表せない、偉大な誰かがその先にいると思わせる何かが感じられた。そしてその誰かからの祝福を表すかのような威光がステンドグラスから降り注いでいるのではないかと思わざるを得なかった。
姿が現れずとも、それがエアリアス神であるのだろうと、研究者の端くれであるにも関わらず確信めいたものを持ってしまった。
瞬間、叫び声が聞こえた。思わず目を向けた先は、その威光が降り注がれる先。スキル付与の対象として呼ばれた青年。両手を握り、強く目を閉じている。しかしそこに笑顔を浮かべていることから、望んでいたスキルを得ることが出来たのだろう。
そこから先は、悲喜こもごもの空間に包まれた。希望を掴めた者。すり抜け、絶望した者。こんなものだと自らを納得させる者。ホッと胸を撫で下ろす者。スキル付与の儀式が始まったのだと実感することが出来た。
スキル付与の儀式が終わった人は下がり長椅子へ座る。後方から見る彼らの姿をノアは見る。自分の姿と照らし合わせてしまい、身体が硬直する。
早く名前を呼ばれて、ただ待っている時間を終わらせたい。そう願っていた。
「マヤ=ノルダール」
どきりと、胸が鳴った。反射的に顔を上げると、ノアとは違い前方の長椅子に座っていた女性が立ち上がり、神父の元へ歩く姿が見られた。名前を呼ばれたマヤである。
緊張しているのだろう、少しだけ見えたマヤの表情は強張っていた。歓喜と、哀情。それらがこの場所に同居している異常に誰もが呑まれている。
マヤが神父の前に立ち、祈るように両手を握りしめた。それを見て、ノアも両手を握り額に当て、強く目を閉じる。
どうか、マヤに星の輝きのような未来を。自分のこと以上に、ノアは強く強くマヤの未来を祈った。そしてステンドグラスから光が強く差し込まれる。
どれだけ願っていただろう。しかしノアが目を開けた理由は、ざわめきが聞こえたからだった。喜びでも悲しみでも、安堵や妥協でもない。困惑により生まれたざわめき。マヤにいったい何が起こったのか。思わずノアは立ち上がってマヤを見た。
神父を初め、魔法研究所の職員も含め関係者らが慌ただしく話をしている。輪の中心にいるマヤだけが状況についていけていないように見受けられた。
そしてマヤは神父に案内され、壇上の横……別室が奥にあるのだろう、扉の向こうへと連れられていく。
「マヤッ!?」
「ノア!」
思わず名前を呼んでいた。マヤは神父に連れられながら、困り果て助けを呼ぶようにノアの名前を叫んだ。
しかし無情にもマヤは扉の先へと姿を消した。時間としてはすぐだろう、神父のみが再び姿を現して後続の名前を呼ぶ。だがノアをはじめこの場にいる誰もが状況を飲み込めていない。次第にざわめきが会場に響き渡り始めた。
「皆さん、静粛に! 神聖な儀式の場ですよ!」
神父からの注意を受け、次第に声は収まりつつあった。しかし納得できるわけがない。ノアは立ち上がったまま事の行く末を見続けている。
「ノア=ファリノス」
そしてとうとうノアの名前が呼ばれた。早まりそうな足を懸命に抑えながら前へ進む。壇上に立つ神父の前に着くと、ノアは即座に口を開いた。
「マヤはどうなったんですか?」
「今は貴方に祝福を授ける時です。自らのことを考えなさい」
神父に回答するつもりがないことを悟り、ノアは口を閉じる。儀式が終わり次第、マヤを探すだけだ。
ノアは目を閉じる。まぶた越しに強い光に照らされていることがわかる。祝福が与えられているんだろうと察するが、ノアの心境にスキルのことなど微塵も考えられていなかった。
神への祈りは無く、マヤの無事を願うだけ。ただそれだけを強く願っていた。
「――――え?」
スキルが付与されたのだと、ノアは体感する。自らの魔力が増えてきている。魔法研究所の研究員になるのならば良い方向性のスキルを得られたのだろう。
しかしノアは危機感を覚える。魔力量の上昇が止まらない。元々魔力量には恵まれていたノアだが、このままでは限界を超えてしまう。
助けを求めたかったのか。魔法を使用して少しでも魔力を減らそうとしたのか。いずれにせよ、ノアが口を開けようとした時には間に合わず、授けられたスキルの名称であろう言葉が脳裏に浮かんだ。
――――魔力増加・到達点
神は、ノアに
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