第12話
「丁度良い。貴様ら、この遺跡を案内しろ」
見覚えのある服装の人々。協会から出発する時にすれ違った、トレンツに連れられていた三人。間違いなく、職場体験に参加している貴族だった。
なぜこんなところに。トレンツはどうしたのか。元からこの遺跡に来る予定だったのか。否、職場体験とはいえ、協会からの調査依頼が終了する前に貴族を案内するなんて非常に危険だ。
あらゆる考えが瞬時に脳裏に駆け巡る。だが今いくら考えても答えは出ないし、貴族からの要望への回答は決まっている。
「申し訳ありませんが、私達は至急街まで帰還しなければいけません。それよりも、案内役だったはずのトレンツはどうしたのですか?」
「怪我人を背負った冒険者を見つけて介抱していたので先に来ただけだよ」
答えた貴族の顔をノアはうかがった。三人並ぶ貴族の一人だが、正確には二人が前に立って一人を守護するような立ち位置だ。恐らくは彼が案内されている貴族で、他二人は護衛なのだろう。服装をよく見れば護衛であろう二人よりも金属製の装飾が多く、身体が揺れる度に反射して光を反射させる。とても煌びやかで豪奢であり、とても標的になりやすい。護衛の二人もだが、あまりにも目立ち標的になりやすい服装だ。まるで獲物であることを宣伝して歩いているようです、とても街の外へ出向く恰好ではない。
そしてその貴族は『先に来ただけだ』と聞き捨てならないことを言った。それは一番ありえないことだと切り捨てていた考えだったからだ。
「……始めからこの遺跡に来る予定だったと?」
「なんだ? 我等の行動に疑問を呈すのか?」
「とんでもありません。失礼致しました。ですが、恐れ入りますが申し上げましたように、私達は帰還しなければなりません。案内はトレンツが到着次第――」
トレンツが怪我人の介抱をしている隙を見ての独断専行。考えなしの行動だと断定したノアは、努めて冷静に事を済ませようと言葉を続ける。
「魔物、だね?」
しかしそれも、その言葉を聞くまでだった。努めて無表情を貫いていたノアだが、それを聞いて驚き唖然とする。この人達は、魔物がいると知ってここに来ている。
「ご存知だったのですか?」
「怪我人を背負った冒険者が言っていたのでね。街を背負う僕自ら危険を取り除いてあげようと思ってね」
「……そうでしたか」
ノアは表情を動かさないことに全力を注いでいた。本当ならば天を仰ぎ、目の前の相手を思い切り罵倒したい。立場をわきまえず最前線にのこのこと現れ、力を過信した愚か者。このような相手に冒険者協会が危機に陥る可能性があるなんて。
どうしてくれようかとノアが物騒なことを考えてしまいそうになっていると、ノアの後ろで無言を貫いていたマヤが口を開いた。
「貴方達に実戦経験はありますか?」
「なんだ貴様は」
「ありますか?」
有無を言わさないマヤの問いかけに護衛の一人が顔を歪める。当然ではあるだろう、礼や言葉遣いが街の運営を担う貴族への態度ではない。しかるべき場所で行ったのであれば罪に問われていたかもしれない。
しかし、ここはしかるべき場所でもなんでもない。
「しつこい。貴様らに心配など不要だ」
「実戦経験があるのか聞いているんです」
「やかましい奴だ。実戦経験なんて無くてもアルフレド様の前には――」
「無いのですね」
護衛の言葉から断定してマヤは追及を辞め、マヤだけでなくノアもそろって目を伏せる。貴族はおろか護衛であろう二人にすら実践経験が無い。誰一人戦力にならない荷物だと分かった以上、偉い立場で慢心だらけの彼らをどうやって街へ帰らせるかを考えた方が堅実的だ。
「攻撃手段は?」
「これだよ」
マヤの問いに、二人の後ろに控えていたアルフレドと呼ばれた貴族であろう男が答える。腰に下げられた剣を揺らして主張するが、それだけだと判断できない。マヤは目線をアルフレドに向けて続きを促す。それを受けてアルフレドがここぞとばかりに演説を始めた。
「僕のスキルは『延斬』という特殊なものでね。説明は難しいが、斬撃が飛ぶ……というよりは、斬撃に限り射程距離が伸びるというのが正解かな」
スキルには技術や技能だけでなく、分類分けに悩まされるような特殊なものも多々ある。その中の一つなのだろう『延斬』の説明を嬉々として語るアルフレドだったが、それを受けても、マヤは質問を繰り返す。
「最大射程距離は?」
「視界に入る限り。もちろん遠ければ遠い程的が小さくなるから技術は必要だが、そんなことは些細なことだ」
「動く的を斬ったことはありますか?」
「……無いね。でもこのスキルを活かすために修業を積んできたし、業物も用意しているよ」
立て続けに質問を繰り返していたマヤだが、そこで口を閉じる。余裕と絶対の自信を思わせる笑みを浮かべ、ノアとマヤから見れば無知から来る傲慢に塗りたくられた笑顔をアルフレドが浮かべていた。
「話になりません。私達と一緒に帰りましょう」
その笑顔も、マヤの言葉を聞いて強張った。歯に布着せぬ言葉に護衛達はもちろんノアも固まった。もっとも、ノアも同じようなことを考えていたので多少すっきりしたところがあったのだが。
「な、貴様! アルフレド様になんて口を!」
「……理由を聞いても?」
マヤの物言いに激昂した貴族を静止させたアルフレドが、平坦な声で尋ねる。感情を抑えているのだろう、語尾が少しだけ震えていた。
「人やただの動物が相手であれば、そのスキルは強力な戦力になるでしょう。ですが魔物相手では話が変わります。魔物を相手するのであれば……それこそ斬撃に特化するのであれば、動きまわる相手であろうと斬鉄出来る技術が最低条件です」
マヤがバッサリとアルフレドを評価する。真っ直ぐに見つめるマヤの目に耐えきれなかったのだろう、アルフレドが体を震わせてマヤから目線をそらした。
怒りを覚えるのも無理はないだろう。成人してスキルを得ているかまではわからずとも、年下であろうマヤに正面から酷評され、役に立たないから帰れと言われたのだ。
「魔物一匹現れただけで討伐隊が組まれる必要があるのが何故なのかを、深く考えていただければと思います」
それが止めの一言になった。アルフレドは顔面を蒼白にさせ、一歩後ろへとふらつきながら下がる。そして徐々に怒りによって顔が赤く染まりつつある。それよりも先に護衛の一人が口を出そうとノアとマヤへ向けて一歩詰め寄った。
途端、轟音と共に遺跡全体が揺れた。揺れはすぐに収まったが、硬い重い何かが崩れる音と、聞き覚えのあるうめき声が聞こえてきた。
「まさか……」
狼狽する貴族達を無視してノアとマヤが吹き抜けへと走り、柵に身を乗せつつ地下一階を見下ろした。
そこには、先ほと壊れた階段付近を床ごと崩して這い上がってくる魔物の姿があった。
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