第10話

 冒険者協会を出てすぐ、目の前にトレンツが立っていた。ここで出会うとは思わず驚くが、トレンツの後ろにいる人物を見て察する。なるほど、確かに服装でわかった。



「失礼しました」


「うむ」



 トレンツ達の足を止めさせたことを謝罪しながら、マヤを軽く引っぱって横に避けて頭を下げる。冒険には向かない、きらびやかな装飾をふんだんに使用した服。防具もあったが服とおなじく装飾が多く、妙に目立つ。あれでは野生動物の標的にされる可能性が高いだろう。

 冒険者協会に来る貴族とは、恐らく彼らのことだ。まさか本当に会うことになるとは思わなかった。トレンツが仕事中であることを意識して丁寧な対応を行ったが、立ち振る舞いは正しかっただろうか。

 トレンツは頷いただけでそのまま歩き出す。貴族らしき人物達もそれに続いて歩き、協会の中へ入っていった。入口が閉じられたことを確認してから深く息を吐き、空を仰ぐ。ふと横を見ると、マヤがぽかんと口を開けたまま固まっていた。



「マヤ?」


「あの人達が貴族様?」


「多分ね。そうじゃなくても、父さんが連れていたから偉い人なんだと思うよ」


「……なんか、これでもか! ってくらい貴族だったね」


「誰に聞かれるともわからないから変なことは言わないの」



 きっとマヤの頭の中で想像していた貴族像と完全に一致していたのだろう。あまりの驚きに固まっていたのであれば下手に無礼を働くこともなかったと思うので、さっきとは逆にノアが動かないマヤを引っ張って街の出入口へと向かった。



 □■□■□



「ところでノア。なんで棒を二本持ってるの?」


「あ、忘れてた……。協会に寄付しようと思って持ってきてたんだった」



 他愛のない会話をしながら街道を歩いておよそ三時間が経ったお昼前、ノアとマヤは依頼にあった調査対象の遺跡に到着した。いつの時代に建てられたのかはまだ調査中だが、程よく広く、程よく階層が分かれる遺跡である。既に完全に調査が終わり地図も作られたこの遺跡は集団行動の訓練に向いており、冒険者協会が運営を任されている。

 今回はこの遺跡の再調査。依頼にある通り、この遺跡で声を聞いたと新人の冒険者が言う動物の情報を得たことで、事実関係の調査が主な依頼である。入口と、そのそばに用意された小屋には破壊されたような跡はない。であれば残りは遺跡の内部である。



「失礼しまーす……っ!?」



 本格的な調査の前に休憩しようと二人が小屋の中へ入ると、先に小屋へ入ったマヤが驚きに声を裏返す。そこには二人の男性がいた。一人は床に仰向けに寝転がり、胸から流れる血で周囲を赤く染めており、もう一人は涙を流し息を荒げながら横たわる男性の胸に出来た傷を必死に押さえていた。



「ノア!」


「大丈夫ですか!?」



 二人はすぐに男性らの元へ駆け寄る。ノアは背負っていた荷物を置いて怪我をした男性の元へ、マヤはノアの荷物から包帯や治療薬等を取り出す。



「彼の意識はありますか? 怪我はいつから?」


「で……で、でかい化け物が、遺跡の中に……」


「落ち着いて。まずは彼を助けましょう」



 横たわる男性に声をかけながら、ノアは魔法の準備に入る。魔法は火や水を生み出す以外にも、肉体の強化や回復、治療を行うことも可能である。ノアは治療の経験は乏しいのだが、それをおくびにも出さず魔法を発動させる。



「ノア!」



 魔法により出血が緩やかになったところで、マヤが駆け寄ってくる。男性の胸の傷を覆い隠す程大きくカットされた傷薬を染み込ませている布を置き、包帯で締め付けるようにきつくきつく巻きつける。包帯が徐々に赤く染まり始めるが、そこで血液が凝固。傷薬の効果が作用し、回復魔法の効果が継続して続いている状態を維持してくれている。

 応急処置はここまで。既にかなりの量を出血している以上、一刻も早く街へと戻り適切な処置を施さなければ命に係わるのは変わらない。



「魔力は残っていますか?」


「あ、ああ。少しなら」


「サポートします。強化魔法込みならここから街まで一人背負っても一時間はかからないでしょう」



 ノアは丈夫で大きめの紐を荷物から取り出し、男性が怪我人を背負えるよう結びつける。その間に手際よく端的に情報を集める。

 二人のは本当に新人の冒険者であり、今回は今まで受けた訓練の履修で朝からこの遺跡に来たのだという。そして……遺跡の地下で、巨大な動物と遭遇したということ。

 それと遭遇したのは地下四階まで続くこの遺跡ではかなり浅い、地下二階とのことだ。四足歩行であり、種類としては巨大な鹿だったという。巨体に劣らない大きな角を伸ばしており、突進を避けたところで首を振り回され、避けきれずに角が胸を強打したらしい。小屋の隅にひしゃげた金属板が落ちている。よく見れば鋼鉄で出来た胸当てだとわかったが、原形を留めていない。それを受けての大怪我だったのだ、かなり危険な相手だろう。

 幸運だったのは、動物が地下二階から上の階層へは上がってこれなかったということだ。自身の巨体で階段を進めなかったのではないかと男性は語る。



「何から何まで……すまない。助かった」


「お互い様です。それに僕達がやったことは応急処置に過ぎませんから、はやく街に戻って本格的に治療を受けるべきです」



 男性が怪我人を背負い、自身へ肉体強化魔法をかけ始める。ノアは少しでも強化魔法が長続きするよう男性をサポートしていると、その間にマヤが彼らの荷物をまとめてくれていた。



「荷物はまとめておきました。これから貴方がすることは、その人を病院に放り込んで『俺達は命がけの冒険を生き延びたんだぞ!』って言ってあげることです」



 マヤが準備が整った男性に荷物を渡して激励を送る。男性は何度も大きく頷き、改めてノアとマヤに礼をして小屋を後にした。

 ノアとマヤの二人がそれを見届けると、下ろした荷物を整理して背負う。当然ながら小屋の中に血の匂いが充満しており、これ以上休憩することもできそうになかった。遺跡の入口の脇まで移動し、そこに座って改めて荷物を下ろす。



「少しでも食べておこう。マヤ、はいこれ」


「あ、もしかしてマリアンさんのお弁当? うわあ嬉しい!」



 ノアの荷物からマリアンの弁当箱を取り出し、マヤへと渡す。マヤはマリアンの料理が大好物なのだ。弁当箱の中身は手軽に食事が出来るようサンドイッチが入っており、二人で分けてサンドイッチを口に運ぶ。



「ん~っ! おいしい……ねえノア、魔力はまだ残ってる?」


「魔力は大丈夫。だけど体力がちょっと厳しそう」



 魔法を使うには魔力が必要だが、扱う魔法の種類と難易度によっては体力も必要になる。自分の身体に作用する肉体強化魔法は消費が少なく、体外に魔力を放出して火や水といった現象や物質に変換する魔法、そして回復魔法のように別の物体に働きかける魔法……魔法の種類は様々であるが、これらのように体外に放出した魔力を扱うものになると難易度が上がり、消耗も激しくなる。

 先程ノアは回復魔法を長時間続け、かつ怪我人を背負った男性の肉体強化魔法の補助を行った。まだ成人にも満たない少年が行うには重労働だったが、魔力量については問題ないと言っている時点で同年代では異常であることはマヤでもわかった。



「わかった。休憩もうちょっと延ばそう。あの人達のことも気になるけど、あくまで遺跡全体の調査依頼を受けてるんだから、まっすぐ地下二階に直行するわけにはいかないからね」


「うん。ありがとう、マヤ」



 先程の二人が無事に帰還できるようサポートした方が良いのではないかとも考えるノアだが、マヤが本来の目的を思い出させる。

 冷たいようだが、今までの情報から察するに調査が最優先の可能性が浮上したのだ。地下からの声、先程の二人、そして巨大な鹿。考えうる最悪を想定する。

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