第8話

 普段から冒険者同士の会話で騒々しい冒険者協会も、その日は違った理由により色めきだっていた。

 人々の技術の発展が目覚ましすぎることで、ただ現場の声を聞くだけでは国を担う貴族が把握しきれないでいる。その対策の一つとして、貴族による各職業協会を通した職業見学及び体験が定期的に行われているのだが、それに数十年ぶりに冒険者が選ばれたのである。

 国の運営を担う責任ある貴族が常に危険と隣り合わせである冒険者を体験するのは、国としても冒険者協会としてもリスクが高すぎる。それなのに何故冒険者が選ばれたのか。その理由についてのうわさや憶測が協会内に飛び交っていたのだ。



「おはようございまーす」



 そんな中、冒険者協会の扉が開かれて明るく元気のある声が響き渡った。高く澄んだ女性の声。少しだけ伸びた背に、ベリーショートだった髪は肩にかかるミディアムまで伸び、後ろで一束にまとめられている。腰には斬ることに重点を置いた曲刀がかけられており、身体の重要箇所のみをプロテクターで守る革製品の防具で隠れてはいるが、無駄のないしなやかな肉付きに仕上がった身体は、成長と共に少しずつ女性としての特徴を強調しつつある。顔立ちも整っており、この町で登録されている冒険者で唯一の女性である異色の存在。

 マヤ=ノルダール。更に二年の月日が経ち、十四歳となっていた。



「おはようマヤちゃん。今日も元気ね」


「おはようミア姉さん。元気が取り柄だからねー。今日は何か依頼はある?」


「そうねー……ちょっと待ってね」




 受付カウンターに着いたマヤに話しかけたのは、協会職員であるミアだ。パーマのかかった茶髪を肩に伸ばす柔和な笑みを浮かべる彼女は、マヤが幼い頃から知っている存在であり、姉と読んでいる通り本当の姉のように慕っている。ノアの母であるマリアンの後輩であり、男しかいない協会内の華である妙齢の美女だ。

 ミアがカウンター越しに資料を確認するのを見届けて、マヤはふと周囲を見渡した。いつもとは違う雰囲気であることを敏感に察知したマヤは、まだ資料に目を落としているミアに問いかける。



「ミア姉さん。今日なにかあるの?」


「ええ。どうやら貴族様の職場体験に冒険者協会が選ばれたみたいでね。さかのぼったら二十年以上も前に選ばれて以来だそうよ」


「ふーん、貴族ねぇ」


「あら? 気にならないの?」


「気になるけどね。今まで貴族とは無縁だったから、なんて反応していいかわかんないよ」



 マヤはあははと笑って返し、ミアは相変わらずだと笑いながら紙一枚の書類を取り出してマヤに見せる。



「これなんてどうかしら? 実は今日出たばかりの依頼で、訓練用の遺跡の再調査」


「再調査? 見せて」



 ミアの出した書類を受け取ってじっくりと隅々まで確認する。冒険者は自発的な冒険以外にも、傭兵のように依頼を受けて仕事を行う場合もある。その際は依頼の内容や条件、期限等あらゆる情報を確認する必要がある。依頼人と冒険者の信用を高める為であり、自身の身を守る処世術である。

 依頼人は冒険者協会及び魔法研究所。組織の名前で依頼しているので信頼性はあるだろうが、いざ依頼内容を確認するとマヤは首をかしげる。



「あれ、でもこの遺跡って定期的に調査されてたよね?」


「そうなのよ。直近の調査で住み着いた動物の駆除はしたみたいなんだけど、昨日遺跡に行った新人が地下から声を聞いたって情報が入ったの。だから念の為調査をしようかって」



 ミアの説明を真摯に受け止め、再度マヤは依頼の内容に視線を落とす。行先の遺跡の規模はわかっている。移動時間、調査の質、量の把握。求められる技術。全てを計算し、この依頼を完遂できるかを判断する。



「うん、わかった。受けるよこの依頼」



 マヤは頷いて、書類をミアに返す。マヤなら受けてくれると思っていた、そう言わんばかりにミアはマヤから書類を受け取りながら笑顔で頷いた。



「ありがとう。こっちで処理しておくわね、ちょっと待ってて」


「マヤちゃーん。依頼受けたんなら一緒に組まない?」



 マヤが依頼を受けたのを察したのか、協会内にいた冒険者から声をかけられる。報酬は人数によって分割されるが、人数が多いほうが依頼は成功しやすい。依頼内容によっては専門知識が要求されるものもあり、それならば尚のこと複数人で組むことが必要になる。



「ありがとう。でも大丈夫、今回はノアと組むから」



 マヤは声をかけた冒険者へ感謝をしつつも謝罪する。しかしその言葉を聞いて冒険者達はどよめいた。もちろん断られたことではなく、挙げられた名前を聞いて、だ。



「ノアが来るのは久しぶりじゃないか。てっきりもう魔法研究所に就職したのかと思ったよ」


「あはは。私もノアもまだ成人じゃないから」



 別の冒険者からの声にマヤが笑って返す。ノア=ファリノス。マヤの幼馴染である。冒険者協会所属の教官、現役時代は二等星まで上り詰めたトレンツ=ファリノスの息子。更に腕を上げた棒術と繊細でかつ強力な魔法を巧みに操る、マヤと並んで注目されている冒険者だ。

 そのノアは現在、冒険者の仕事をこなす他、マヤの父であり魔法研究所の職員であり研究者のカール=ノルダールの助手を短期・中期の仕事としている。マヤは仕事帰りのカールとノアを見かけたことあるが、研究に成果があったのだろうカールが艶やかな笑顔を浮かべており、ノアは愛想笑いをしていたが、共通してやつれた顔をしていた。後日ノアに話を聞くと、連日休憩も取らずに実験に付き合わされたらしい。冒険者とは違う意味で過酷そうだった。マヤは冒険者になると決めているが、ノアが冒険者を選ぶのか研究者を選ぶのかは、冒険者協会と魔法研究所の両方が注目を集めている。



「……成人じゃないなら、スキルももらってないんだよな。それであの強さなんだから神様って不公平だよな」


「罰当たりなことを言うな。でも、あの二人がスキルを得たらどうなるか気にならないか?」



 マヤは冒険者達が噂する話し声を聞き流して受付カウンターから離れる。

 スキルとは言葉通り技術や技能を意味しており、十五歳になると行われる成人の儀式にて神より与えられる。その種類は多種多様であり、専門の研究所が創立されているが魔法と同じく未だ未解明なところばかりである。このスキルによって技術の発展が目覚ましく、武具の進化はもちろんのこと、あらゆる産業が急成長している最中なのだ。

 スキルは成人になるまでの能力で決められてるわけでもなく、当人の性格等を考慮されたものでもない。そしてスキルにも優劣や強弱があり、言ってしまえば当たり外れがある完全なランダムということだ。

 例として挙げるが、剣術というスキルがある。それを成人式で授けられた場合、剣術・壱、といった具合に末尾に数字が割り振られる。その数字が大きければ大きいほどに高い技術のスキルとなっており、今まで一度も剣を握ったことのない人間がたちまち国内最強の剣士になる、という可能性もあるのだ。

 当然、それまでに培ってきた技術が消えるわけでもない。既に剣術・壱相当の剣術をもつ者が剣術・壱のスキルを与えられても、特に何も変わらない。それ故の当たり外れ、である。



 そして今、成人式を目前に控えながらも既に将来有望な若者が二人。注目を集めないわけがなかった。しかしどのようなスキルが得られるかは、その時にならないとわからない。ならば期待しない程度にしておこうと当の本人たちは考えていた。



「おはようございます」



 騒然としている冒険者協会の扉が再び開かれる。挨拶と共に入ってきたのは、噂の張本人だった。二年で更に伸びた身長と、前衛職程ではないが後衛職としては十二分に鍛え上げられた身体。マヤと同じく部分的にプロテクターを使用した革製品の防具を装備している。戦闘用に加工された、背丈よりも頭一つ長く合わされた長さのものと、背丈よりも短い木製の棒を二本背負っている。

 ノア=ファリノス。柔和な笑顔を浮かべて、およそ二か月ぶりに冒険者協会に姿を現した。

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