第6話

 冒険者協会ハダル支部の訓練場。その一角で、五メートル程の距離を離してノアとマヤが向かい合っていた。十二歳になった二人は共に冒険者登録を済ませ、六等星の冒険者として互いに切磋琢磨している。成人として認められるのは十五歳からと規定されていることもあり、年齢制限を設けられて無難な活動しか出来ていないが、その分空いた時間を訓練に充てていた。



「始めるよー! 準備はいい?」


「いつでもいいよー!」



 距離を離しているので二人は声を張って確認しあう。マヤの持つ訓練用の剣に対し、ノアは剣よりも長い木製の棒を片手に構えている。マヤは変わらず剣を使い続けているが、ノアは様々な武器の訓練を受けた後、最後に棒を扱うと決めた。トレンツが棒術、杖術を扱っていないこともあり、それを機にノアはトレンツ以外の教官から師事を受けることが多くなった。

 二年の間に二人は成長した。ノアは身長が現在のマヤと同程度になり、比較的細かった身体も訓練のおかげで筋肉が付き、体格もよくなってきている。

 マヤも相応に体格も大きくなったが、そこに過剰なものは一つもなく、無駄のない完成された身体に仕上がっていた。ノアに比べて少しだけ長いだけのショートヘアーは動きやすさを考慮したというよりは、邪魔だから切っているという少女らしくない快活な性格が反映されている。教官であり目指す目標として見据えているトレンツの性格がうつってしまったとマヤの両親は少しだけ嘆いていた。

 ノアは目を閉じて精神統一を図る。身体中を巡る魔力に意識を向けて魔法を発動させると、ノアの周囲に水の塊が出来上がる。拳程度のそれを浮遊させたまま、また一つ、また一つと水の塊が出来上がる。



「用意!」



 ある程度の数が出来た時、ノアが目を開けて声を上げる。準備が整ったということだ。それを受けてマヤが好戦的な笑みを浮かべていることを確認し、相変わらずだとノアもつられて笑う。



「はじめ!!」



 マヤがノアに続いて声を上げる。それが合図となり、二人の訓練が始まる。

『十秒組手』と二人に名付けられたオリジナルのこの訓練は、魔法使いと戦士の二人で行う。魔法使いが十秒間戦士に魔法を打ち続け、戦士はそれを耐える。十秒後、戦士が攻めることを許され魔法使いに攻撃を行うことが出来る、というルールだ。

 基本的には圧倒的に魔法使いが有利である。十秒間とはいえ魔法を打ち放題なのだ。その為、人によっては五秒に短くしたり、魔法使いが使用できる魔法を制限するルールを新たに設けることにしている。

 今回の訓練にも同様に制限が設けられている。時間は十秒、マヤの制限は開始位置から三歩以上の距離の移動禁止、ノアの制限は使用できる魔法を水の塊を高速で放つ水弾のみにする、である。

 ノアの周囲に浮遊していた水の塊がマヤに向かって飛来する。一般成人が投石する以上の速度で迫るそれを、マヤは構えた剣で叩き切る。ノアは次々に水弾を飛ばし、マヤがそれを動ける範囲で避け、避け切れなければ剣で切る。ノアは徐々に水弾を打ち出す間隔を短くして密度を増やす。それに対してマヤは揺らがず、水弾の軌道を的確に読んで踊るように避け、複数の水弾をまとめて切り落とす。

 同年代の近接武器を使う冒険者と比較しても、ノア程に華麗な戦い方をする人はいない。ノアはマヤが高みに登っていることを改めて実感する。



「三!」



 マヤが動き出すまで残り三秒。しかしノアは焦らず水弾を絶え間なく放ち続ける。



「二!」



 マヤも変わらず水弾に対処し続ける。それは軽やかに、しなやかに。



「一!」



 残り一秒。そこでノアは今までランダムに撃ち込んでいた水弾の軌道を縦一直線に変える。棒の先を下に向け、持ち手を上に上げて身体の正面で構える。



「零!」



 カウントダウンと同時にマヤが走る。縦一直線に並ぶ水弾をたやすく避けるが、少しでも迂回させてノアに接近するまでの時間を稼ぐ為の手段であることは気づかれているだろう。

 棒を構えながらもノアは水弾を絶えず放つ。それに対するマヤの取った手段は全てを切り伏せ、最短でノアを倒すことだった。迫る勢いを殺さず水弾を弾き、切り伏せて近づくマヤにノアは戦慄を覚える。

 とうとうマヤが剣の射程距離に入り、勢いを活かして利き手である右手のみの片手突きを繰り出すが、しかしノアは冷静に行動を起こす。下げていた棒の先を跳ね上げ、マヤの剣よりも長い棒のリーチを活かして剣を持つ右腕を叩く。そのまま持ち手を器用に動かして棒を回し、右腕を絡めとろうとしたのだ。

 それに対しマヤが舌打ちでもしそうなほどに露骨に顔を嫌そうに歪め、腕を叩かれてあらぬ方向に向いた剣を手放した。そしてお返しとばかりに強く踏み込み、左肩からの体当たりを繰り出した。

 開始地点からほぼ勢いを殺さずに走り抜けた体当たり。だがノアはしっかりと対処していた。棒に添える手を滑らせながら構えを戻すように持ち手を上へ、先を下へ。いち早く構えを戻すことに成功し、身体ではなく棒で体当たりを受け止めたのだ。

 体当たりを受け止められたことでマヤの動きが止まった。ノアはマヤの背中に回り込み、受け止めた棒を横に向けながら上にずらしてマヤの首にかける。そこで勝負は決まった。



「んんぅ~~! また負けたぁ! なんなのその棒、ぐるぐる回って全然動きわかんない!」



 ノアの腕のなかでもがきながら、マヤがノアに苦言を示す。ノアはそれを聞いて苦笑いを浮かべながら拘束を解除し、マヤから一歩離れた。

 ノアの戦い方はこの二年で一新されたといって等しい。才があった魔法を実践で活かせる程に鍛えるのと並行して、それ以外では棒術を習得していった。棒術、もしくは杖術と呼ばれるそれは、刃物や大型の鈍器とは違い、捕縛する側面が強い。身体的に人間よりも強靭な野生動物や魔物相手には不向きではあるが、対人に特化した武術であるとも言える。まだ経験は浅いが、マヤにして見れば剣とは全く勝手の違う棒術の対処が理解できず、少しずつノアはマヤに勝利する数が増えた。



「慣れないと難しいよね。僕だって今でも教官に転がされるし」



 くるくると器用に棒を回して笑いながらノアは答えた。

 全てが柄であり全てが刃である。ノアに棒術を教える教官の言葉である。ノアは教官に棒を突かれ、薙がれ、払われ、叩かれ、受けられ、いなされ、先の言葉通り転がされながら覚えていったのだ。



「もう一回! もう一回やろう!」


「続けて三回もやってるんだから、休憩にしようよ。流石に疲れたよ……」



 負けず嫌いのマヤが再度訓練……とは名ばかりの勝負をせがむが、魔法を使うにも魔力だけではなく体力を使う。その場に座り込んで四度目は断った。

 二年の歳月はノアの戦法以外にも心境の変化をもたらした。マヤが冒険者としての訓練を積んだり心得を学ぶことに喜びを感じるように、魔法しかり、棒術しかり、ノアは新しいことを学ぶことに喜びを感じていた。そしてそれが実を結び、はるか先を歩んでいると意識していたマヤに勝利を収めた。それはノアにとっての自己肯定、自信になったのだ。

 それだけではない。ノアの態度に文句を言うマヤ。そんな二人の姿を遠巻きに見る人々がいる。二人と同じく六等星の冒険者達だ。

 冒険者を目指す少年達の中ではノアはまだ小柄だが、魔法と棒術を駆使した彼の姿は訓練場で度々目撃されている。二年前は訓練についていける体力もない情けない少年。それが今では体格も良くなり、共に訓練をこなす同僚になった。

 美しく成長したマヤと仲が良いことに嫉妬したいじめは現在も少なからずあるが、自信を持てるようになったノアには容易く跳ね返すことが出来た。

 ノアは、他の冒険者からも一目置かれるようになったのだ。

 ネガティブな思考を持ち続けていた影響で自己評価を低く見積もる傾向があるのが欠点で、本人はまだまだ否定的な考えを持つことが多い。しかしノアは父の言葉を思い出し、一歩ずつ強くなることを目指していた。

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