第4話

「それでは、今日の授業はここまで」


「ふぁーい」


「ありがとうございました」



 ノア=ファリノスにマヤ=ノルダール。共に十歳。現在は互いの両親が家庭教師として教育を行っている。今しがた、カールによる座学が終了したところだ。ちなみに科目の割り振りとしては国語が互いの母であるマリアンとソフィアが、数学と魔法学をカールが、運動全般をトレンツが行っている。



「やっとお昼ご飯だね。お腹すいたー」


「目が痛い……」



 マヤが溜息を吐き、ノアが目をこする。時刻は既に昼時を回っており、二人とも空腹に襲われている。



「マヤ、先に行ってて」


「えー、また?」


「うん」



 マヤがノートを棚にしまったところでノアに告げられて不満げな顔をする。表情を隠そうともしないマヤにノアが笑って謝罪し、ノートを持ってカールに歩み寄る。

 ノアにとってカールの授業は得意科目だったらしい。マヤよりもノアの方が理解が早く、わからないことは率先して聞きに行く。時には授業で教わったことよりも先の内容を尋ねていることもあり、ノアの優秀さがうかがえる。



「先生。質問があるんですけどいいですか?」


「いいよ。なんだい?」



 授業中は教師と生徒である。という趣旨を崩さないカールによって、呼び方や言葉遣いは丁寧にするよう教育されている。こだわりでもあるのだろうが、目上の人との対応についても教育できるということで、カール以外の授業でも同様の方針で行われている。教師が両親であることもあってマヤは口調を変えることに四苦八苦しているが、ノアは上手く切り替えられているようで、カール以外にも大人からは礼儀正しいと大変気に入られている。



「はあ……先に行ってるよー」



 マヤの言葉に手を上げるだけでにべもない返事をするノア。その間にもカールと魔法について話を続けている。マヤはその姿を見て深い溜息を吐いた。



「今日もお疲れ様。はやく座りなさい」


「お水飲んでからー」



 ノアは母であるソフィアに返事をしながら食卓を素通りして台所へ向かう。戸棚からコップを取り出し、ソフィアの横に立って水道からコップに水を入れる。一気飲みした水が体を一気に冷やす感触を確かめて、マヤは深く息を吐いた。



「ノア君はまたお父さんと?」


「うん。よくあんなに話すことが出てくるよね」


「ノア君も研究者気質かしら。お母さんも魔法に興味を持ってくれる人が増えて嬉しいわ」



 ソフィアがにこにこと笑顔でノアを褒める。



「私はよくわかんない。不思議だなーって思うこともあるけど、変なのってしか思わないし」


「そこから一歩踏み出して、知りたい! って想いがノア君を動かしてるのよ。マヤもノア君のおじさんとおばさんの話は大好きでしょ?」


「うん! わくわくする」


「マヤがわくわくするように、ノア君は魔法に対してわくわくしてくれているのよ。きっと」


「ふーん」



 自分でも納得のできる答えが見つからず、マヤはあいまいな返事しかできなかった。コップにもう一度水を入れてから食卓に持っていき、自分の席に座る。用意された食事を前にして簡易的な祈りを行い、さあ食べようと食器に手を伸ばす。するとドタバタとカールの書斎から物音が聞こえ、しばらくすると外出用の鞄を持ったカールが慌てて姿を現した。



「研究所に行ってくる」


「お昼ご飯は?」


「後で」



 マヤの問いに早口で答えてさっさとカールが出て行ってしまった。マヤとノアの家庭教師を始めてから、時たまこのようなことが起きるようになったのだが、その理由をマヤは知らない。普段はゆっくりとした言動のカールの俊敏な行動にマヤがあっけにとられていると、ノアが手に教材を持って姿を現した。



「どうしたの?」


「質問してたら、急に研究所に行くって」


「えー? 今日お休みなのに?」



 ノアが会話をしながら食卓につく。カールと話をしていたノアもよくわかっていない様子だったが、その困った表情を見てマヤの内心ではもやっとした感情が生まれる。

 マヤから見て、ノアは頼りない印象を持っている。背も体格もマヤより小さく、それ相応に体力もない。カールの授業を受けている時のふとした真剣な表情にどきりとすることもあるが、それだけだ。それなのに周囲からの評価は悪くないどころか非常に高く、将来有望だとささやかれている。

 本当のノアはこんななのに……。誰にも言えない問いに答える者は誰もいなかった。



「まだご飯食べてないのに……仕方ないわね。さ、二人とも、先にお昼ご飯を食べちゃいましょう」



 ソフィアが台所から一品が盛られた皿を食卓に運び、自らも席につく。あの人は魔法の虫だからと容認してしまうソフィアを見ても、ノアはもやもやとした感情が生まれることを実感しているが、それを表情に出さないよう抑えて食事にする。

 この感情は何なのか。疑問に思ったことはあっても、まあいいか、で終わらせてしまうマヤは、その感情が嫉妬であることを理解できていなかった。そしてそれが何故、そして誰に対するものなのかも。



「ところでノア君。カールにどんな質問をしてたの?」


「魔石に入れた魔力の色についてで……」


「ご飯食べ終わってからにしようよ二人とも」



 カールが一刻も早く研究したいと思えるような内容を質問したのだろうと推測し、ソフィアがノアに尋ねる。魔法研究所での職場結婚だったこともあり、結局のところ、ソフィアも研究者であるということだった。

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