ワイルドカード3

青と黄色のツートンカラーに巨大な右腕のハサミが目立つμT ミュート-SCISSORBUSTERシザーバスターがヴァルハラ闘技場に降り立った。カニのようなその異様な威容はヴァルハラでも際立っている。これこそがツボミ・ヨコテの機体アームヘッドだ。


「おほほほほ!皆様お待たせ致しましたわ!わたくしの戦いを楽しんでくださいまし!」ツボミは必要以上に声を張り上げ自分自身に気合を入れる。そうしなければ彼女の肩を常に舐めるように撫でる恐怖が彼女の感情の全てを支配してしまうからだ。


自分は強い、彼女はそう信じているし実際勝ち残ってきた。それでも自分はマカネとは違う。命の保証された疑似戦場コロシアムにおいてしか戦うことができない。コクピットの中の彼女の顔は険しかった。


「ひひひひ」対戦相手の不気味な笑い方がツボミの不安を増長させる。相手の恐怖を利用するタイプはツボミと相性が悪い。対戦相手のμT -THE RIPPERザ リパーは両手にメスを構えたおぞましい機体であり多くの敵を分解してきた。


「おまえの中身もみせてもらおうかな……」単に装甲を剥がして解体してやるぞという宣言がツボミには”おまえの弱くて小さな心をさらけ出してやる”と言う意味にとれてしまい心を見透かされているような居心地の悪さを覚えた。


「ふん!」ツボミは気合を入れた。「カニミソを晒すのはあなたでしてよ!どうせお似合いの極彩色の気持ち悪いカニミソでしょうけど!」「ほざけ!」やぶれかぶれの挑発が相手の逆鱗に触れたらしくTHE RIPPERがメスを突き刺す!


「あら!お喋りが苦手なのね!」SCISSORBUSTERはかかとの車輪を回して急速にバックステップ!左腕からネットを展開!THE RIPPERはネットを振り払うべくメスを振るう!その隙を見逃さず!反転前進する!


右腕のハサミを振るう!鈍器のような高質量のSCISSORBUSTERの右腕の直撃を食らいTHE RIPPERはよろめく!「さあ三枚におろしてあげますわ!」「ひひひひ」まだだ!THE RIPPERはSCISSORBUSTERと比べ遥かに軽いのが幸いした。


あるいはツボミには不運だったと言うことか?直撃の際に跳ねたTHE RIPPERはその勢いを利用しさらに飛ぶことでダメージを相殺!「な!?」そして落下しながらハサミを破壊!「ハサミがなくなっちゃカニも台無しだなあ?」


これから料理してやる!というかのような宣言は恐怖心の支配に身を任せるのに十分な言葉だった。不気味なメスになすすべなく解体される。こんなはずでは。私は自分を変えたくて、こんな自分を変えたくて、ここにきたはず。


わたしは、わたしはなぜ、ここにきたの?あの日マヤ・ダイセンに会ったから、あのときわたしは変わると決めたから、あの正義の人だったダイセンがなぜマカネの体を奪ったのか、聞きたかったから


恐怖より先に生存本能が体を動かした。ハサミを失ったクラブマッシャーから氷の杭が発射される!「!?」完全に相手を心で上回ったと確信したTHE RIPPERは驚愕!「……かかりましたわね!」


空気中の水分を凍らせて放つ無限パイルバンカー、クラブマッシャーこそがSCSSORBUSTERの右腕の真髄である。射撃武器でなく打撃武器として登録されているそれは闘技場ルールドレスコードにも沿っている。


足元に氷の杭を撃ち込まれ続けるTHE RIPPERが踊るように跳ねる!「あら!ダンスはお上手みたいね!おほほほほ!」その甲高い笑い声とは裏腹にツボミの眼は敵を睨み続けていた!


氷の杭が何本もTHE RIPPERを貫き赤い機体循環液が地面を染め上げた。「おほほほほ〜!まあおキレイなお花が咲きましたわねェ!」


勝利を手にしてもツボミが笑うことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る