魔法少女が物理で殴っちゃダメですか?

 澤村杏奈は激怒した。必ず、かの邪知暴虐の人事部長を除かなければならぬと決意した。


「誰が邪知暴虐の人事部長ですか、澤村さん」


 澤村にはマーケティングがわからぬ。澤村は派遣会社の登録社員である。ストゼロを飲み、YouTubeを観て暮らしてきた。けれども待遇に対しては、人一倍に敏感であった。


「いや、知ってると思うけれど、私読心術あるのでね。あなたのその地の文に見せかけた、『走れメロス』風の独白も全部見えちゃってるから。しかも何ですか、待遇にだけ人一倍敏感って。一番めんどくさい人材じゃないですか」


 そう、この人事部長はかつて超能力ヒーロー集団に属していたことがあり、読心術が使えるのだ。人の心の中を読んでくるとかすごいキモい。セクハラで告発してやろうかなこのハゲ頭。どうせ読心術とかいう陰キャ戦法が通用しなかったから、人材派遣会社に転職して、相手の心を読んではおべっかを使ってのし上がってきただけの能無しなのだろうと思ったが、それを言うとかわいそうなので口には出さないでおくことにしてあげた。


「いや、それわざとやってるよね。まあ、いちいち突っ込んでたら話進まないからもういいや。で、今日の面談の理由だけど、再三言ってきてることだし、わかるよね? 」


「私が、魔法少女に向いていないってことですよね」


 正直それは、自分がよくわかっていた。大体自分は、「魔法少女」なんて言葉で想起されるようなキュートでファンシーな見た目じゃないし、またなんなら「少女」というのもだいぶきつい年齢である。なんせス〇ゼロのくだりでOver20確定演出が出てしまっている。そして何より私を「魔法少女」から遠ざけるもの、それは――「だって澤村さん、また一回りパンプアップしてるじゃない」


 そう、この筋肉。いや、より正確に言うならば、身体強化魔法しか使うことのできない私の戦闘スタイルのせいだ。小学生時代から、私には魔法適性がなかった――身体強化魔法を除いては。それでも私は、魔法少女になりたかった。何と言っても、魔法少女は女の子のなりたい職業No.1だ。


 派遣だけれど魔法少女になれたとき、私はとても嬉しかった。魔法少女の賞味期限はもともと短い。なんと言っても、「少女」でなければならないのだから。だから私だって、最初は腰かけのつもりだった。魔法少女として市民を悪党から救い、その感覚を堪能することができれば、さっさと転職するつもりだったのだ。


「でも誰も私のこと、魔法少女だって認めてくれないんですもん!」


「うんうん、わかるよ」


 インターネットにおける澤村杏奈の認識はおおむね、『女子プロレスラー系ヒーロー』である。一度など助けた市民から、「あなたがかの有名なパワー系ゴリラ、澤村さんですね。素晴らしい筋肉です」という、罵倒がマイナス値に振り切れた結果オーバーフローして賞賛に転じた、みたいな感謝の言葉を受け取ったことすらある。もはや魔法少女でもヒーローでもないどころか、人間とすら認められていないのである。


 いつの間にか私の戦う対象は、悪党や怪物ではなく、世間の評判に変わっていた。何とか私が魔法少女であると認めさせたい。その一心で、決して潤沢とは言えない可処分所得から、魔法少女用のかわいいアイテムを買い集め、怪人を殴るときもファンシーな演出で倒せるように努めてきた。


<一例>

・お星さま付き魔法のステッキ・・・\65,000-

・上記ステッキ先端部のお星さま・・・\3,000-

 (約2ヶ月に一回交換する)

・攻撃時演出用キラキララメ入りスモーク・・・\5,000-

 (15回分入り)


 でも誰も、私を魔法少女だとは認めてくれなかったのだ。そうしてずるずるとやめられないまま魔法少女を続けているうちに、私は二十歳を超えていた。法律的に大人になってもまだ、魔法少女になれないままで、魔法少女のまねごとを続けていた。


「澤村さん、きみのポテンシャルは素晴らしいものだ、それは僕だって認める。むしろだからこそ、きみには別の道を歩んでほしいんだ。魔法少女が無理であるにしても、他の職種でキャリアを積めば十分明るい未来は開けてくると思うんだ。たとえばこれ何てさ、きみにぴったりだと思うんだけど、どうかな」


 そう言って人事部長が差し出してきたのは、『マッスル5、新団員求ム!』と書かれたA4のフライヤー。筋骨隆々の男性3人と女性1人が笑顔で立ち並び、そしておそらくは欠員を表すのであろう黒塗りの人物シルエットが一人分。


「いや、このユニットは筋肉をウリにしてて、戦闘も肉弾戦メインなんだけどね、今の時代やっぱり男女比は半々に近い方がいいっていうんで……」


「お断りします! 」


 冗談じゃない。魔法少女が無理だからって、いきなりそんなマッチョ感バリバリの現場に飛ばされるのはごめんだ。筋肉のせいで魔法少女が無理だというなら、せめて筋肉少女帯がいい。


「いやあなたね、筋少を何だと思ってるんですか」


 そうだ。読心術を持つこの男の前では、心の中のボケすら拾われ、その頭髪と同じくらい薄いツッコミをかまされるのだった。


「いや、ほんとあなたの胆力は凄まじいですね……まあとにかくこの案件、そう頭ごなしに断らず、一度考えてみてください」


 たった一度、誰でもいい。私のことを魔法少女だと認めてくれたなら、諦めがつくはずだ。会社からの案件紹介メールに目を通す。もはや少女と呼べる歳でなく、メディア映えするかわいらしい魔法も使えない私に回ってくる案件は、どれもパッとしないものばかりだ。


「とはいえ、生活のためには仕事選んでらんないしなぁ……」


 目にとまったのは、O町にある小さな公園に猿型の怪人が出現したというもの。案件のページに飛んでみると、恐らく遠方から撮影したのであろう、解像度の低い画像が添付されていた。猿型の怪人とのことだったが、写真にうつるそれは、ただのゴリラに見えた。


「そりゃあ、誰も行かないよね……管轄違いだよ、こんなの」


 世間の人は勘違いしがちだが、魔法少女は決して誰かを助けるためだとか、そういう動機で戦っているのではない。彼女たちは目立つために戦っているのだ。何故と言うに、割りのいい仕事というのは人気度、メディアからの注目度の高い魔法少女に優先的に振られていくから。つまるところ、魔法少女は昨今流行りのヒーロー業の一種であるというよりは、アイドル業の派生なのである。だから逆に、こういうパッとしない仕事は、どれだけその怪人なり災害の及ぼすであろう影響が大きかろうが、魔法少女たちには敬遠されてしまうのだ。正直、魔法少女はそういう意味では醜い存在だと思ってしまったことが何度もある。


「だから、私が行けばいいってわけか……」


 私だって、高尚な動機で魔法少女をやっているわけじゃない。諦めきれない夢のため、そして生活のため。自分本位という意味で言えば、自分だってあの自己顕示欲の塊の少女たちと同じように醜い。だけど、その醜さで救われる人命もあるなら、それでいいじゃないか。


 ――脚に魔力を集中させる。おのずと筋肉が脈動しながら緊張し、その容量ボリュームを増していくのがわかる。地面を蹴り、目的地へと駆け出す。


「ねえ、今日私が戦うのがあんたって、なんかの当てつけなわけ? 」


 現場は人気のない公園。幸い人的にも物的にも被害は起こっていないらしい。目の前にいるのは怪人……というより、やはり紛うことなきゴリラであった。私が接近してきたことで警戒しているのか、ドラミングをしているが、それなどまさに動物園で見ることのできるゴリラのそれそのものである。がしかし、手にするスマホの怪人検知アプリは、目の前にいるのが怪人であることを示している。


 誰も見届けることのない戦い。それならば、華やかなパフォーマンスも、観客をハラハラさせるための苦戦演出もいらない。一瞬でケリをつける。強化魔法でバフをかけた筋肉は、今にも服を破らんと膨張していた。申し訳程度にフリルのついたかわいらしいこの衣装も、こうなっては形無しである。


「……でやあああああぁ! 」


 地面を蹴り、怪人との距離を一気に詰める。振りかざしたステッキを打ち付けると、ファンシーなピンク色の煙が、星型やハート形のラメを伴ってボワンと広がる。煙が消えると、そこには「浄化」され、もとの人間の姿にもどった”元・怪人”が横たわっていた。綺麗な顔をした、OL風の女性であった。一体どんな摂理に従い、彼女があんな姿になってしまったのか。それを調べるのは私の仕事ではない。怪人化した患者専門の治療施設に連絡して引き渡し、会社に報告し報酬をもらう、それだけだ。そこには怪人の悲しき過去を探るドラマも、背後に潜むより大きな悪を匂わせる伏線もない。


「やっぱもう、魔法少女なんて、やめ時なのかな」


 そんな言葉が口をついて出てしまう。それと同時に、公園の端の方の茂みの方から何やらガサガサと音がするのが聞こえた。


「あ……あの! ゴリラさんが出てきて怖くって、隠れてました。倒してくれて、ありがとう! 」


 木陰から、四、五歳くらいかと思われる女の子が出てきた。こっちは「敵がゴリラだなんて、ちょっとギャグじみてるよな」なんて思ってたけれど、幼い子どもにしてみれば、野生動物の姿をした怪人が至近距離でうろついているというのは当然すさまじい恐怖であるはずだった。泣き声を上げていれば、怪人に気づかれ、危害を加えられていたかもしれない。ずっと我慢していたのだろう、目には涙がたまっていた。


「よく泣かずに我慢してたね、えらいぞ」と、女の子に近づき、頭を撫でてあげようかと思った。だけどそこで、自分の姿に思いをはせる。かわいらしい魔法少女の服装と、ごつごつしたガタイのいい身体。こんなアンマッチな姿だって、この子にとっては恐怖ではないだろうか? 迷った挙句、私は踵を返した。


「本当に無事でよかった。じゃあ、お姉ちゃんは仕事の続きがあるから、またね」


 澤村杏奈は激怒した。”また”会う可能性なんて限りなくゼロに近いのに、そしてこの子が私みたいなアンバランスな怪物との再会を望むはずがないのに、「またね」なんて言葉を吐いてしまった自分に、激怒した。きっと自分のこの背中の向こうで、あの女の子は怯えてしまっているだろう。それでいい。それがあるべき反応というものだ。とりあえず帰ったらこのミスマッチな衣装を脱いでしまおう。そんなことを考えていたその時、背後からその女の子の声が聞こえてきた。


「うん、またね。魔法少女のお姉ちゃん! 」


「嘘……今私のこと魔法少女って……」


「だって、こんなに強くって、かっこよくって、かわいいんだし、魔法少女なんでしょ? 」


「そっか、そうだよね……うん、ありがとう! 私、魔法少女……だよ! 」


「えへへ、あたしもね、大きくなったらお姉ちゃんみたいに、強くてかっこよくて、それでとびっきりかわいい魔法少女になるんだ! 」


――――――――――――――――――――――


「それで、話を聞くまでもないけれど、決心はついたようだね」


「ええ、ほんとに。読心術が使えるんだから、面談なんて必要ないですよね」


「まあ、形式的なものだよ。気にしないでくれたまえ」 


「あの、私、魔法少女をやめようと思うんです」


「うん、わかったよ」


 部長は、この面談は形式的なものだといった。だけれど私は、語りたかった。初めて魔法少女と認めてもらってどんなに嬉しかったか。そしてどんな形であれ、私の姿を見て魔法少女になりたいという子がいてくれたこと、私の意志が未来へと紡がれていく可能性への感激を。だから私は、訥々とつとつと私自身の物語を語り始めた。部長の読心術でも、きっと掬い取りきれないであろう物語を。

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