ⅩⅩ

体育祭、文化祭と1年の学生的主要なイベントを終え、冷たく乾いた風がいよいよ冬の訪れを感じさせる。ソラとの約束の水曜日は酷く寒くて、夏場はあれだけ倦厭していた太陽の光が今となっては有難かった。ホームルームが終わって直ぐに僕の席へとやってきた空は未だに目的地を教えてくれないまま僕の前を歩いている。

「まだ着かないのか」

「あともうちょっとかな」

かれこれ30分以上はこうして歩き続けている気がする。目的地を知らずに足を動かし続けるのは結構な労働で、せめてあと何分で着くとか時間で教えて欲しかった。一体どこに連れていこうというのか、周囲に広がるのはどう見たって住宅街で、また穴場の公園の紹介でもされるのだろうか。

足にも疲労が蓄積し始め、最初は半歩前にいたはずのソラとも、もう1メートル以上の距離が生まれていて、いっそこのまま置いていかれるのではないかと思った。そろそろ行き先を教えてくれないかと声をかけようとした時、ソラが大きな木の門の中へと消え、後を追えば周囲の景色が一変する。

名前の彫られた石がいくつも立ち並ぶそこは、紛うことなき墓地である。ソラの立ち止まった場所には、高柳家と彫られた墓石が建っている。

「ここ、ママのお墓なの。週末にパパとお墓参りすることになってるんだけど、今日ママの命日だから」

ソラはスクールバッグから線香とライターを取り出すと、数本の線香に火をつけて香炉に寝かせる。しゃがんだまま祈るように目を閉じたソラは、きっと母親に長い報告をしているのだろうと思った。

「はい、優太も」

やがて静かに立ち上がったソラが、またも数本の線香に火をつけて今度は僕の方に差し出してくる。

「え、いや、僕他人だし...」

顔も知らない他人が線香をあげていいものなのかと躊躇っていると、ソラは僕の手に線香を握らせ愉快そうに笑った。

「そんなことないよ、今裕太のことも紹介したもん」

さあさあと急かすソラに1度持った線香を返す訳にもいかず、墓石の前へと進み出た。香炉を覗き込むと先に置かれた線香の真似をするように向きを揃えて置き、手を合わせて目を閉じる。瞼の作り出す暗闇の中で、線香の匂いだけが鼻腔に充満する。こういうときって何を思えばいいんだっけ。でもとりあえずは挨拶だよなと思って、初めまして、ソラのクラスメイトの佐川優太ですと心の中で念じておいた。

ゆっくりと目を開け立ち上がろうとすると、ふと墓石の隙間からタンポポが覗いているのが目に入る。

「タンポポ...」

「え?」

「いやほら、そこ。タンポポが生えてる」

「わっ、ほんとだ。何回か来てるのに全然気づかなかった。なんか縁があるね、タンポポと」

狭い墓石の隙間から力強く茎を伸ばすタンポポはその先端で白い綿毛をふわふわと揺らしていた。

「よしっ、何はともあれ優太も紹介できたし、帰ろっか」

くるりと回れ右をしたソラは門に向かって歩き出す。何故僕が連れてこられたのかはわからないが、どうやら目的は達成されたらしい。

来た時と同じ、長い長い道をソラと並んで歩く。来た時と違って目的がはっきりしているためか、今度は幾分か気が楽だった。辺りはすっかり暗くなっていて、こんなに日が短くなっていたのかと実感する。

「もう11月か、なんか、あっという間だったな」

「おじさんみたいなこと言わないでよ」

ソラが隣でケラケラと笑う。

「だって、もうすぐ今年が終わって、3学期も終わったら、来年は3年だろ?そろそろ進路...ってか高校どこ行くとか考えなくちゃいけないのかな。ソラはどっか、行きたいとことか決めてたりするのか?」

そう問うて隣を見ればそこにソラの姿はなくて、慌てて振り返ればソラは数歩後ろで歩みを止めていた。

「ソラ?」

俯いた顔からは表情が窺えず、不思議に思ってソラの所まで後戻りする。

「あのね、来てもらったのは、もう一つあって、言わなきゃいけないことがあったんだ」

ソラが顔を上げる。街灯の白い光が照らした顔からは、さっきまでの笑顔は消えていた。

「私、引っ越すことになったの」

「え......いつ?」

「12月。2学期が終ったら」

「そっか、寂しくなるな。何処に行くんだ?」

引っ越しという単語に受けた衝撃が徐々に落ち着いてきて、漸く思考も正常に回り始める。

「ロンドンだって、パパの仕事でね、私もついて行くことになったの。何年かしたら戻ってくることになるって言ってたけど」

「へえ、海外か。いいなあ」

「思ったよりショック受けてなさそうだね、もっと悲しんでくれるかと思ったのに」

ソラはそう言うとちょっと不服そうに笑った。

「そりゃ寂しくなるとは思ったけどな、でも、今生の別れでもないし、電話もLINEもあるんだし」

「あー、なんか優太に話したら私も大したことじゃない気がしてきた」

「いや大したことではあるだろ、英語喋れんのか?」

そう言えば、ソラは今気づいたとばかりに焦り出して、なんだか可笑しくなってしまう。

「ねえ、見送り来てね」

「行けたらな」

「数少ない友達の旅立ちだってのに薄情な奴だなー」

「はいはい、行くって」

お互いの家まではまだまだ距離があって、再び歩き始めた暗いアスファルトの道には二人分の笑い声だけが響いていた。



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