ⅩⅥ

 文化祭前の浮ついた空気の中で行われた中間試験も無事に終わり、文化祭準備もいよいよ本格化してきた。華やかなことはできないにも関わらず、楽しめる部分はとことん楽しもうというスタンスの生徒が多いクラスでは、部活などでの発表がなく展示する文が書き終わったメンバーを主体として今日も放課後の飾り付け作業が行われる。

 紹介文に苦戦し原稿用紙を前にして唸る修也を視界の端に捉えながら、紙輪を繋げてはダンボールに投げ込んでいく。大きな飾りや目立つものはまだつけることができないが、日に日に増えていく小さな装飾達は退屈な授業時間にも僅かな非日常をもたらしていた。

 ノルマだと課された折り紙を全て繋げ、窓の外を見ると既に日が落ち星が瞬き始めている。そろそろ帰るかと伸びをすると、長時間座っていた所為か体のあちこちからパキパキと音がした。

 部活での発表があるのだろう文化部の生徒が慌ただしく準備を進めている校内はこの時間でもそれなりの人気があって、大きな荷物を抱えた生徒を何度も避けながら昇降口へと辿り着いた。

「あ」

 下駄箱で靴を履き替えて顔を上げると、入口に置かれた傘立てに腰掛けた人物と目が合った。スマホを片手に僕の方に向けられた顔は、最近となってはもう随分と見慣れている。

「修也の彼女」

「空ちゃんの彼氏」

 ハモった。そしてこいつらは何故すぐに色恋に持ち込みたがるのか。

「彼氏じゃないってば」

「えー、ダブルデートした仲じゃん」

 そう言ってニヤつく五十嵐は修也に似てきた気がする。付き合うだけでこんなに似てくるものなのか、と溜め息を吐いた。

「修也なら、まだ原稿書いてたぞ」

「うん。さっき既読ついたからもうすぐ来ると思う、ありがと」

 誰かを待っているらしかったのでそう言ってみれば、五十嵐はスマホを上げて応える。やっぱり修也待ちだったらしい。

「そうか、じゃあな」

「あ、ねえ」

 前を通って学校を出ようとすれば、思いついたように呼び止められる。

「なに?」

「空ちゃんと、何かあった?喧嘩とか...」

「ソラと?なんで?」

 問われた意図がよく分からなかった。特に思い当たることはないし、ソラとは会えば少し話している程度で、相変わらず雨の日には学校に来ないし、最近は試験やら文化祭の準備やらで公園に行くこともなかった。

「いや、最近ちょっと元気なさそうだったから。偶に上の空になってるっていうか...何か考え込んでるみたいで、何も無いならいいんだけど」

 驚いた。元気がなさそうに見えていたのは僕の思い過ごしかと思っていたが、他にもそう見えている人が居るのならば、やっぱりそうだったのかもしれない。

「僕も気になってた。いつも通りだけど、なんか空元気っぽいんだよな」

「そうそう、だからてっきり佐川くんと何かあったのかと思ってたんだけど...」

「多分違う、はず。少なくとも心当たりはないよ」

「そっか、ごめんね、引き止めちゃって」

 五十嵐はそう言って申し訳なさそうに笑った。

「いや、僕の思い過ごしじゃないって分かってよかったよ」

 そう言えば五十嵐はニヤついた表情に戻りやっぱ付き合えばいいのに、なんて言っていた。

「ごめん唯!遅くなった!て、あれ、優太じゃん。とっくに帰ったと思ってた」

 もう無視して帰ろうと思い、足を踏み出した所に背後からバタバタと足音がして、五十嵐の待ち人が漸く姿を現した。

「もう帰るとこだよ。五十嵐が暇そうにしてたから修也の恥ずかしい話しといた」

 そう言えば修也はあからさまに焦った顔をして寄ってきて少し面白かった。

「なんだよそれ!」

 五十嵐も五十嵐でヘラヘラと笑っていて、遂には修也が頭を抱え始める。

「あ、そうだ。ステージのタイムテーブル決まったよ。2日目の午前トップバッター!人少なそうだから絶対来てよね」

「オッケー、絶対行く。優太も連れてくよ」

「え?何の話だよ」

 カップルだけで繰り広げられる会話に今度こそ帰ろうと足を向けていた僕は唐突に呼ばれた名前に再び引き留められた。

「唯のダンス部のステージパフォーマンスだよ」

 横から五十嵐が私ダンス部なの、と補足する。

「なんで僕が」

「優太どうせ文化祭回る予定もないだろ?」

 確かに特に予定は立てていないし、ホームルーム後はテキトーに過ごすつもりだったが、敢えて言われるとなんだか癪だった。

「お願い!朝イチだから全然人来なかったら寂しいし」

 顔の前で手を合わせる五十嵐に折れて一つ溜息を吐く。本当に溜息で幸せが逃げるというのなら、今日だけでいくつ幸せが逃げたのだろう。

「わかったよ、行けばいいんだろ」

「やった!ありがと、モチベーション上がるよ」

「よっし!絶対最前列取るからな」

「じゃあ、僕は帰るからな」

「おう、じゃあな」

 喜ぶ二人を後目に校舎を出ると、すっかり暗くなった空には不格好に欠けた月が浮かんでいる。肌を撫でるようにして通り過ぎる秋の風が冷たくて、夏服を着るのももう限界だななんて思いつつ、ぶるりと小さく身震いをした。

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