第6話

       6


 ロナルディーノにパスが出る。足の外側で滑らかに止める。

 ディフェンスと対峙した。ロナルディーノ、サンバのようなステップで翻弄する。試合中にも拘わらず、心底楽しげな笑顔だった。

 敵の重心が偏った。すかさず左前へボールを浮かすと、疾風のごとく駆け出す。

 カバーの5番が立ちはだかった。ロナルディーノ、左にステップ。即座に右に切り返してドリブル再開。

 わずかに進んでシュートを撃った。横回転のボールがヴァレンスアのゴールを襲う。

 キーパーは慌てて跳躍。しかし触れられず、ボールはクロスバーを掠めてネットを揺らした。

 ロナルディーノは観客席へ爆走し、両手をめちゃくちゃにばたつかせつつ跳んだ。寄ってきたチームメイトにばしばしと手で手荒い祝福を受けると、いっそう顔をほころばせる。

 観客席は爆発していた。バルサファンの喜びのジャンプで、地震すら起きそうだった。諦め顔のヴァレンスアファンは、あまりにも圧倒的な敵エースへスタンディングオベーションをしている。

 後半四十六分、バルサ、ダメ押しの二点目だった。

 ボールがセンターに戻った。相方からボールを受けた武智ウー・チーはドリブルするが、すぐさま笛が鳴る。

 試合終了。バルサは二対〇でヴァレンスアに勝利した。

「スコア以上の完勝、だね。攻撃は眩いばかりにスペクタクル。レギュラーに怪我人がいても、バルサはやっぱりバルサだった」

 感服顔のエレナが、感慨が込もった調子で呟いた。

「守備の面でもほぼ完璧だったな。キーパーとディフェンス陣の連携は淀みなく武智ウー・チーにも大した仕事はさせなかった」

 神白は平静に所感を述べていった。コートの中では、両チームの選手が話し込んだりハグをしたりで健闘を讃え合っている。

(何度見ても清々しいよな)エレナと天馬が盛んに意見を交わせる中、神白は小さく感動していた。

 その後も神白たちは感じたところを口にしていった。やがてバルサの選手が、固まって客席へと寄ってきた。どの顔も達成感と充実感に満ちている。

 唐突に、トランペットの音が鳴り始めた。

「おっ、ついに始まったっすね! 俺の魂の歌、すなわちソウル・ソングが!」顔全体が喜色の天馬が、がたんと立ち上がり叫んだ。

 トランペットの前奏の後に、複数の男女が雄々しく歌い始めた。バルサの応援歌である。

 ファンや選手の団結と、フランスコ政権時代に弾圧されたカタルーニャ人の誇りとを乗せた歌が、勇壮な調子でスタジアム中に響き渡る。

 神白の周囲の観客のほとんどが、立ち上がって斉唱し、手を打ち鳴らしていた。三つ隣の初老の男性などは、大声で歌いながらぼろぼろと涙を零していた。

(Més que un club(「クラブ以上のクラブ」の意)、か。重いな。でも俺はここでみんなに認められて、誰もが羨むような最高のキャリアを送るんだ)

 神白はバルサの選手たちを注視しつつ、強い決意を再確認していた。サビのチームの相性の連呼が、スタジアムを揺らがさんばかりの勢いで轟いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る